TAKURO激白 GLAYは永遠「死ぬまで続けたい」

2019年10月10日 11時00分

熱い思いを余すところなく語ったTAKURO

 ロックバンド「GLAY」のTAKURO(48)がこのほど名古屋市北区の中京スポーツ(東京スポーツ新聞社中部支社)に来社。ニューアルバム「NO DEMOCRACY」の制作秘話などを熱く語った。日本最強バンドのリーダーが明かしたメンバーとの仲、意外な交友関係、そしてGLAYの未来とは――。

 ――ニューアルバムは言葉にこだわった 

 TAKURO:言葉のアルバムにしたいとレコーディング前にメンバーにも相談しました。GLAYが結成されたのは平成になる1年前の昭和63年。今もやっているということは丸々平成を駆け抜けた。自分の人生も含め、GLAYとともに歩んだ平成というものを一度総括、整理整頓したいという気持ちがありました。

 ――今年でメジャーデビュー25周年になる

 TAKURO:20代、30代と駆け抜けてきてヒット曲にもたくさん恵まれましたけど、今回のアルバムでは50歳手前の大人たちが、今感じていることを偽らざる気持ち、言葉で女性ファンだけでなく同世代の男性たちにも伝えたいと思ったんです。年を取っていくことの面白さ、楽しさみたいなものも絶対に歌になるはずだと。日本のロックとしても成熟した形を見せたい。勝手に「よし、(GLAYが)そこ引き受けてやろう」という気持ちもありました。

 ――GLAYはメンバー間の仲がすごくいい

 TAKURO:ここまでいい関係でやってこれたのは、たぶんボーカル(TERU)が面倒くさくないから。やっぱりフロントマンの重圧は他の3人とは全く違いますよ。テレビに3分出るんだったら2分50秒はボーカルが映って、歌や言葉で伝えなければいけない。だけどその苦労を彼は口にしないんです。

 ――仕事以外でもメンバーと会ったりする

 TAKURO:すごく恥ずかしいんですけど、週3ぐらいで一緒にメシ食ってます。今、僕はロサンゼルスに家族と住んでいて、日本に帰ってくるときは単身赴任みたいなものなんですね。一人で晩ご飯を食べるのがかわいそうだと思うのかよく誘ってくれるんです。

 ――一番誘ってくれるのは?

 TAKURO:ぶっちぎりでTERUさんで、次がJIROさん。HISASHIさんはあまり誘ってくれないですね(笑い)。小学校からの付き合いのメンバーもいれば、高校からのメンバーもいる。今回のアルバムで80年代のキラキラしたシティーポップみたいな曲をやりたいと説明するときに「函館のさ、ほらあの行啓通りにあったバーってさ」という譜面に起こせない感覚を共有できるというのは、どんな一流ミュージシャンを雇ってもできないことなんです。GLAYの30年史を音にしようと思ったときに原風景が一緒だということの安堵感、安心感は本当に尊いなと思いました。

 ――ロスではエンゼルス・大谷翔平やドジャース・前田健太ら日本のアスリートが活躍している

 TAKURO:大谷君と食事したこともあります。(大谷の)通訳の水原一平君が知り合いでその縁もあって。それとGLAYの仕事で日本に来ているときに家族から写真が送られてきたんですが、すごく大きな人と一緒に写っていたんです。NBAのドラフトで1位指名された八村塁君でした。塁君のエージェントの人と仲が良くてその関係で。僕は一度も会ったことがないんですけど、家族は何度か一緒に食事をしたらしい。すごくうらやましいです。前田健太君とも僕は一度しか会ったことがないんですけど、奥さん同士が仲良くてうちの家族は何度か会っています。ロスだと日本ではなかなかない付き合いが広がっていますね。

 ――1日には「うたコン」、5日には「SONGS」(いずれもNHK)に出演した

 TAKURO:今まではロックバンドだから歌謡界の番組に出るのはどうかというのもあったけど、人を楽しませようとするエンターテインメントはアイドルも演歌も志は一緒。ロックバンドだから斜めに構えて(テレビ出演はしない)という考えから抜け出せたのもうれしいですね。25周年だから今まで応援してくれた人たちに元気な姿を見せたいなという気持ちがあって…。GLAYは変わらず元気でやってますと伝えたい。来年からまた引っ込みますけど。

 ――「うたコン」では五木ひろしとGLAYが和気あいあいとトークを繰り広げた

 TAKURO:すごい太いパイプできましたね(笑い)。五木さんといえば(演歌界の)頂点ですよ。僕らがデビューして2、3年目のころに大阪城ホールで行われた有線大賞に出演したんです。ガチガチに緊張していたんですが、五木さんがすれ違ったときに「頑張ってね」と声を掛けてくださったんです。みんな「ナマの五木ひろしさんを見たよ」となって。それで緊張がほぐれていいパフォーマンスができたんですよ。

 ――ファンはGLAYがずっと続いていくことを望んでいる

 TAKURO:一番望んでいるのが、たぶん自分ですよ。自分が他の3人を誘ったというのもありますし。僕としてはよっぽどの理由がない限りは死ぬまで続けたいなと思いますね。

【GLAY】1988年に北海道函館市でTAKUROとTERUを中心に結成され、後にHISASHIとJIROが加入する。94年にシングル「RAIN」を発売し、メジャーデビューする。シングル「グロリアス」などヒット曲を生み出す。97年にはシングル「HOWEVER」の大ヒットで第48回紅白歌合戦に初出場し、3年連続で出場をする。97年には16枚目のシングル「Winter、again」をヒットさせ、「第41回日本レコード大賞」で「レコード大賞」を受賞する。今月2日には15枚目のアルバム「NO DEMOCRACY」を発売した。