【この人の哲学】林哲司氏がジグソーに楽曲提供した経緯

2020年05月27日 09時00分

作曲家の林哲司氏

【この人の哲学:林哲司氏編(6)】最近、海外で再評価されている「シティ・ポップス」の楽曲や「悲しい色やね」などの大ヒット曲を数々世に送り出した作曲家の林哲司氏(70)。実はプロレスラー、ミル・マスカラスの入場曲としても知られる大ヒット曲「スカイ・ハイ」を生んだ英国のグループにシングル曲を提供していた。いったいどういう経緯で? そしてなぜこの事実があまり知られていない?

 ――1972年にチリ音楽祭で入賞。当時は大学を辞め、ヤマハで雑誌編集のバイトをされてました。そして73年にソロデビューされ、楽曲提供もされるように

 林氏:布施明さんや南沙織さんのスマッシュヒットはあったものの、作曲家として名前が知られるようになったのは、竹内まりやさんに書いた「September」と松原みきさんに書いた「真夜中のドア」からだから、ちょっと時間がかかりました。

 ――ともに79年発売で、今や海外でも「シティ・ポップ」として人気の曲です。その前、77年にはあのジグソーに提供した曲「If I Have To Go Away」が英国、米国でシングルとして発売されています。ジグソーは「スカイ・ハイ」が英、米、日本で大ヒットした英国出身のロックグループ。これは一体、どういう経緯だったんですか?

 林氏:僕は洋楽を聴いて育つ中で、ひとつの信念を持つに至ったんです。それは「良いメロディーは国境を超えて広がり、受け入れられる」ということ。全世界的なヒット曲になるためには英語の歌詞は必須。でもメロディーが良ければ日本人も欧米人も好きになってくれる。当時からそういう考えを持っていたので、音楽出版社のサポートを受けながら、自分の作品に英語詞をつけた曲のデモを作っていたんです。

 ――それがどうやってジグソーの元へ

 林氏:当時、毎年2月に南仏カンヌで世界の音楽出版社が集まる「ミデム音楽祭」というのがあって、そこで自分のデモソングのうちの一曲がオファーを受けたんです。ジグソーのクライブ・スコット、「スカイ・ハイ」を作曲した彼が興味を持ってくれたみたいで。最初はアルバムの一曲のつもりだったようです。その後、レコーディングしてみたら思いのほか良かったということで、シングルに決定したみたいですが、その情報はこちらに全く届いていませんでした。シングルはおろかアルバムに入ることも。

 ――これはすごいことじゃないですか!

 林氏:いま振り返るとすごいことだなぁと思うし、当時も自信になりました。ただ、誰も騒いでくれなかったんですよ(笑い)。ニュースとして載せてくれたのが、音楽専門誌がひとつと、あとは男性誌・平凡パンチの音楽コラムだけ。だから全然話題にならなかったんです。ジグソーも「日本人が書いた」というアピールはしなかったしね。たまたまそれを書いたのが日本人だったということ。

 ――それは逆に言えば、他の英米の作曲家の作品と同じように受け入れていたということですね

 林氏:ある意味書いたのが誰であろうといいものはいい、というフェアな判断ですよね。でも曲を書いた者として、同胞には「もうちょっと騒いでよ!」と思ってましたよ(笑い)。

 ――国内向けには、竹内さん、松原さんの曲がヒットするまではどのような状態だったんですか

 林氏:自作曲を提供したくても、当時は歌謡曲の歌手かシンガー・ソングライターが多かった時代。僕が書くようなポップスを歌うシンガーがほとんどいなかったんです。

 ――確かに、80年前後はそうでした。ヒットが出る前の生活はどうでしたか

 林氏:自分は幸せだったと思います。「食うに困る」みたいな緊迫した状況を体験しないで済んだんですよ。アレンジャーとしてどうにか活動していたし、姉の家に居候させてもらって。もちろん家賃は払ってました(笑い)。親から勘当されたとはいえ、姉夫婦の家にいたから、ちゃんと親の目が届いていたんですね。一人で生きていたつもりだったけど、「明日からどうしよう」という切羽詰まった不安もなく自由に音楽の道を歩めたのは、目に見えない親の抱擁の中で過ごしていたからでした。それに気がついたのはずっと後。自分が親になってからのことでした。(続く)

★プロフィル=はやし・てつじ 1949年8月20日生まれ。静岡県出身。72年にチリ音楽祭で入賞。翌年シンガー・ソングライターとしてデビュー。作曲家として77年に「スカイ・ハイ」で知られる英国のバンド・ジグソーに「If I Have To Go Away」を提供。松原みきの「真夜中のドア~Stay With Me」(79年)、上田正樹の「悲しい色やね」(82年)、杏里の「悲しみがとまらない」(83年)、中森明菜の「北ウイング」(84年)、杉山清貴&オメガトライブの「ふたりの夏物語」(85年)ほか数々のヒット曲を送り出している。自ら監修した「杉山清貴&オメガトライブ 7inch Singles Box」が4月15日に発売された。

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