【この人の哲学】作曲家人生のバネになった“ある言葉”

2020年05月26日 09時00分

作曲家の林哲司氏

【この人の哲学:林哲司氏編(5)】最近、海外で再評価されている「シティ・ポップス」の楽曲や「悲しい色やね」などの大ヒット曲を数々世に送り出した作曲家の林哲司氏(70)。林氏はどのような人生を歩んでヒットメーカーになったのか。今回は大学を辞め、作曲家としての道に踏み出す経緯、そして後の作曲家人生のバネになった、忘れられない“ある言葉”を語ります。

 ――前回、大学に行ってないことが親にバレて、仕送りを止められたと

 林氏:親からすれば谷底に突き落とすつもりだったんでしょうね。実はそのころ、恵比寿にあったヤマハ音楽振興会の「作曲・編曲コース」に通っていたんです。当時は音楽を学ぶといえばクラシックを基本にした大学しかなく、ポップスを学べる専門学校は皆無。3か月ごとに生徒を募集していた教室で、作曲、編曲を学ぶというより、スコアの書き方やレコーディングの仕方など、実践的なことを教わりました。それまで独学でやってましたから、音楽の現場を知れたのは有益でした。その教室で出会ったのが萩田光雄さんや、佐藤健さん、船山基紀さんです。

 ――あみんの「待つわ」編曲の萩田さんに、池田聡の「モノクローム・ヴィーナス」作曲の佐藤さん、そしてクリスタルキングの「大都会」、沢田研二の「勝手にしやがれ」、最近ではKing&Princeの「シンデレラガール」など数々の大ヒット曲の編曲を担当した船山さん! さらに林さんも学ばれたなんて、とんでもない大物を輩出してるじゃないですか! 生活費にその学費と、大変ではなかったですか

 林氏:「仕送りを止められました」と、すでにそこでバイトしていた萩田さんに相談したんです。萩田さんが先生に口添えしてくれて、僕もバイトで入ることができました。最初はエレクトーンの勧誘営業的なことをやってました。

 ――それはどういうことをするんですか

 林氏:エレクトーン奏者のアーティストがいて、彼女が行うプロモーションをサポートする仕事です。というと聞こえがいいけれど、なんでも屋です。でもすぐに雑誌部門に引っ張られ、譜面やレコード評のページを担当することに。するとレコード会社のプロモーターが編集部に大量の新譜を置いていくんです。自分で買うよりはるかにたくさんの最新レコードがあり、仕事として堂々と、いつでもそれを聴いていい環境ができたわけです。理想の音楽生活が始まりました(笑い)。

 ――アルバイトだから、ちゃんと給料ももらえます

 林氏:仕送りは止まったけど、困りませんでした(笑い)。しかもレコード会社の人とのパイプができましたし、新譜を聴くことで最新の音に触れられ、ヒット曲の分析をしたり譜面にするために、音楽的な知識も学べました。あの経験は本当に役に立ちました。

 ――仕送りが止まったことが、結果的に作曲家としての人生に大きくかじを切らせたんですね。そして1972年に南米「チリ音楽祭」に送った曲が入賞

 林氏:応募したのは21歳の時かな。その前に先輩が「ポーランド音楽祭」で入賞して、ものすごくうらやましかったんですよ。自分も海外の賞に応募したいと会社に相談したら、「今回は会社としては応募しない」と。じゃあ自分で送るよと、勝手にチリに送ったらヤマハに連絡が来たんです。

 ――なぜヤマハに連絡が

 林氏:連絡場所として会社の住所を書いたからでしょうね。「向こうが言ってくるなら」と、当時の担当者と一緒にチリに行くことになりました。ところが道中の機内で担当者にハッキリ言われたんですよ。「君に連絡が来たんじゃなく、ヤマハに来たんだからね」と。

 ――え!? その発言は一体どういう意図で

 林氏:チリ音楽祭から招待されたのは、世界的な企業がバックにあるからだと言いたかったんだと思います。悪気があるんじゃなく、舞い上がっていた僕を制し、そうした社会の現実を伝えたかったんでしょう。ただ僕は「ようし、見てろよ!」とその時の思いを心に刻み込みました。作曲家としてやっていく上で、あの言葉がバネになったのは確かです。(続く)

★プロフィル=はやし・てつじ 1949年8月20日生まれ。静岡県出身。72年にチリ音楽祭で入賞。翌年シンガー・ソングライターとしてデビュー。作曲家として77年に「スカイ・ハイ」で知られる英国のバンド・ジグソーに「If I Have To Go Away」を提供。松原みきの「真夜中のドア~Stay With Me」(79年)、上田正樹の「悲しい色やね」(82年)、杏里の「悲しみがとまらない」(83年)、中森明菜の「北ウイング」(84年)、杉山清貴&オメガトライブの「ふたりの夏物語」(85年)ほか数々のヒット曲を送り出している。自ら監修した「杉山清貴&オメガトライブ 7inch Singles Box」が4月15日に発売された。

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