【競輪命】中村浩士が訴える応急処置の必要性

2019年09月17日 16時29分

中村浩士

 松阪競輪場で開催された「第35回共同通信社杯」(GII)は16日、最終日を行い、郡司浩平(29)の感動の優勝で幕を閉じた。そんなシリーズの初日(13日)、危険な事故が起きていた。2Rに出走した林雄一(41)が6着でゴールした後にふらふらと1センター付近で落車した。ゴールした辺りですでに意識がなかった模様で、心停止の状態だった。

 医務室から即座に林のもとに救護隊が駆け付け、医務室に運ばれた。その時、とっさに参加選手である中村浩士(41)がAEDを装着し、心臓マッサージを施した。「林、起きろ!」。みな大きな声で林を呼び、心臓マッサージの回数を数える声が医務室の外に聞こえていた。

 中村は「心臓が止まっていて、とにかく必死に心臓マッサージをしないと、と思った。先日、ちょうどAEDの講習を受けていて」と青ざめた表情で振り返った。日本競輪選手会千葉支部の支部長でもある中村は以前、選手会の会議の後、AED講習を受けていたことで行動できたという。中村らが処置を施す中、救急車が到着し、病院へ。その時は、とても厳しい状態ではないかと、誰もが感じていた。

 だが、早急かつ適切な処置のおかげで、林の容体は徐々に安定し、14日、15日と、日に日に回復しているという連絡が競輪場に入った。選手たちは安堵し、特に神奈川、南関の選手は心が静まったに違いない。そして、最終日、中村はレースを終えると、林のもとへ見舞いに行った。

「ありがとう、と奥さんと一緒に言ってくれた時は感極まりました。助かった命だし、AEDとかの勉強をしないといけませんね、と林は言ってましたよ」

 中村は「一人でも仲間を失いたくない」の思いで懸命に動いたという。この中村の行動がなかったら…。今回のケースは再び起こらないとは限らない。競輪は過酷な競技。誰かができたから良かった、ではなく、何かが起こったら、こうできる、を確立しないといけない。

☆前田睦生(まえだ・むつお) 九州男児。ヘアスタイルは丸刈り、衣装は吊るしのスーツで全国各地の競輪場の検車場を闊歩している。日頃の不摂生を休日の多摩川土手ランニングでなんとかしようとしている姿の目撃情報多数。

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