初めて渡ったメキシコで、TAJIRIが通ったのはビジャノ1号が教えていたジムだった。そこで待っていたのは厳しい練習。「死ぬほど稽古させられて、練習に耐えてクッタクタになって宿に戻ってきて」。まだプロレスラーになる前で、現地のジムに通って体を鍛えた。

 当時は19歳から20歳の大学2年生の春休み。「プロレスラーになる下地をつくるために行ったんです」。ジムの外でも、日本とは違う環境に直面した。「今はだいぶきれいになってますけど、その頃は衛生面でもなんでもひどかったです。食べ物で下痢しちゃって、日本に帰らないと治らないなんてこともあったし」。当時のメキシコでは、食べ物によって体調を崩すこともあった。

 移動中には、こんな出来事もあった。「タクシーに乗ったら、床に30センチ四方くらいの大穴が空いてて『落ちるなよ!』って言われながら乗ったりすることも普通でしたよ」。食事にも苦労した。「日本食のレストランなんて、高かったですからね。だからタコスを食うしかなかったです」。タコスは5個ほど入って1ドルと安く、「毎日そればっかり食ってました」と振り返る。

 そのタコスには、こんな話もある。練習を終えて疲れ切った時のことだ。「『今日は自分にご褒美だ!』ってタコスを40個くらい買って食ってました」。厳しい稽古に取り組み、食事は安価なタコスが中心。プロレスラーを目指して海を渡った学生時代、そんなメキシコでの日常を送っていた。