この映画は倉吉市の協力なくしては作ることができなかった――。「孤独のグルメ」で知られる漫画家・谷口ジロー氏の名作を実写化した「遥かな町へ」(10月9日全国公開)。主人公の父である中原与志雄役を務めた滝藤賢一(49)と、脚本も担当した錦織良成監督(64)が取材に応じ、制作の裏側について語ってくれた。

 今作の舞台は昭和38年の鳥取県・倉吉市。当時の風景だけでなく空気感まで再現できたのは、錦織監督奔走の末、市や関係各所の深い理解と協力を得られたことにある。

 ポスターにも使われている、主人公の中原博史(48歳・大谷亮平、14歳・及川桃利)が何度も通る砂利道は「許可を得てアスファルトを剥ぎました。上から砂利を巻いているんじゃないんです」(錦織監督)。蒸気機関車の場面では、滝藤が「もう本番一発。いつくるかわからないし、その間ずっと芝居(練習)をしながら待っていました」という。昼からテストを行い、休憩を挟みつつ機関車が入線したのは午後8時。そんな苦労はあったものの、錦織監督はどこまでも〝本物〟にこだわった。

「今、僕らはCGやAiにまみれているんですけど、この映画は全部本物です。わかる人がみればわかります。CGではない良さは演技に出ていると思うんです」という言葉通り、どれも素晴らしい場面になった。

 様々な役柄で名演を続けている滝藤だが、クライマックスの場面は非常に悩んだという。「与志雄の行動を自分の中で咀嚼して落とし込んでいくのが本当に大変だった。監督やプロデューサーに何度も相談しました。答えが見つからず、もう悩み苦しんだままやってます。ただ与志雄もきっと同じだったと思う。だからリンクというか乗り移っていけばと」。

 倉吉という町が、そんな演じ方を導いてくれた。1か月に及ぶ滞在中「与志雄だったらきっと行ってたと思う場所に行きました。打吹山は絶対行ってるからと思い登りましたし、三徳山三佛寺投入堂という国宝も行っているはずだと思い、そこも登りました」。そうした経験によって「演じようと思うんじゃなく、何もやらなくてもその役になれた。倉吉はそれを信じさせてくれた。今後の俳優人生において大切なものを得たと思っている」と話す。

 世界屈指のラジウム温泉として知られる近隣の三朝温泉には毎日通った。「だいたい僕は奥さんの料理じゃないと3日で体調を崩すんですが、1か月すごく健康でした」。市内には故三国廉太郎さんが役者になるきっかけを作った写真館がある。「本当に苦しんでいたときに見て、与志雄は三国さんだと思った。三国さんなら与志雄の行動をするんじゃないかと。助けてもらえたかなと思います」と振り返った。

 錦織監督は「三国さんの写真が飾ってあるのは知っていましたが、滝藤さんがそれを見て僕の写真もと頼んで撮ってもらっていたのは知らなかった(笑い)」。その写真は三国さんの近くに飾ってあるという。

 倉吉の空気を吸い、食べ、人と交わる。その行為が自然と与志雄を作り、作品も形作っていった。役作りの新たなアプローチを得た滝藤は「この映画を見て、ぜひ倉吉に行ってほしい。素晴らしい場所ですから」と締めくくった。