“末期がん”を宣告された映画監督が、その闘病生活を「夫婦共演」で作品にして話題となっている。長編映画「StageⅣ」(公開日未定)の試写会(26日)を控え、「TOHJIRO(トージロー)」名義でも活動する監督・伊藤智生(69)が、主演の妻・朝岡実嶺(56)とインタビューに応じた。主治医の反対を押し切ってまで監督を務め、自身も出演した伊藤。その裏には「“十字架”を背負った妻」に誓った約束があったという――。
今年4月末にクランクイン。主治医から「体が持たない」と言われながらも執念で監督・出演をこなす伊藤監督と妻の祈りが通じ、5月末に無事撮影を終えた。
ステージ4、手術不能の肺がんを宣告されたのは昨年3月。伊藤は「(宣告後はショックで)覚えてない。頭が真っ白になり、何も考えられなくなった」と語ったが、朝岡は当時をこう振り返る。
「診察室から出てくる看護師さんが、私を哀れんだ目で見るんです。それで彼が出てきたんですけど、私に目もくれず『最悪だ…』と言いながら素通りしていった。お会計も済ませていないので『止まって!』と…」
制作のキッカケは入院後に取りはじめたというメモだった。治療、入院生活、今までの人生。それがノート6冊ほどになったとき、伊藤は「これをまとめたらシナリオになる」と思い立った。自身も出演し、映画監督と女優の妻との闘病生活がそのまま描かれた。
印象的なのは度重なる夫婦の衝突。その原因が「食事」という点だ。牛肉が好物で極端に濃い、辛い味付けの食事ばかりの夫相手に、減塩をメインとした食事療法を徹底する妻とで繰り広げられる大ゲンカは、闘病の生々しさがある。
朝岡は「もちろん抗がん剤もやるのですが、私にできることは食事療法しかない。それにステージ4でも食事を変えて助かった、という話も聞いていたんです。でも、彼は『頭がおかしい、気持ち悪い』と。治したい一心でやっているのに『自己満足』と言われた時にはもうショックで…」と胸中を吐露。これには伊藤も「(ストレスが)爆発しましたね」とうなずく。それでも「我慢して2か月ほどした時、抗がん剤治療で入院したんですが『病院食』がおいしくて。よく“おいしくない”と言うじゃないですか。でも、ちゃんと肉も出る。酢豚とかあるんだから」と笑った。
朝岡は「それで退院して、私の食事に戻ったらまたストレスになっちゃったので、私がどんどん“妥協、改良”していきましたね」。
テーマこそ伊藤自身の闘病生活だが「主演」は朝岡と明記した。ここに確固たる思いがある。彼女と交わした“35年前の約束”だ。
今回、伊藤は初めて「朝岡実嶺」が妻であることを公表した。朝岡といえば1990年代に爆発的な人気を誇ったセクシー女優だ。引退後はドラマ「高校教師」(TBS系)をはじめ多くの作品に出演したが…。
「本当は役者をやりたかったのに、当時の周囲の勝手な都合でセクシー女優にされたことで『十字架』を背負ってしまった。一般の映画や役者をやりたくても(セクシービデオの影響で)スポンサーがつかないわけです。当時それを聞いて、この才能をなんとかしたい。(女優としてちゃんと活躍できる)その橋渡しになる映画を絶対に撮ると」(伊藤)
もともと伊藤も一般映画志向だ。セクシービデオの世界に傾倒する前、1984年に制作した自主映画「ゴンドラ」が、国内外複数の映画祭で好評価を受け話題にもなった。40年以上たった今も、その情熱は失われておらず、セクシービデオ制作のかたわら朝岡主演の台本を温めていたが状況が一変。今作へとかじを切った。
作品を通して伝えたいことは何か。
「『がんになったから終わり』じゃない。逆にがんじゃなかったら、自分の命をこんなに考えなかったし、人のありがたさをすごく感じた。まんざら、がんも悪いもんじゃないと思ってます」(伊藤)
今月26日には試写会が控える。そのためのクラウドファンディングも行っており、支援の輪が広がっている。
☆いとう・ちしょう 映画監督を志し、1984年の自主映画「ゴンドラ」が国内外で高い評価を得る。その後、「TOHJIRO」名義で活動の場を移し、メーカー「Dogma(ドグマ)」を設立。「X」は【@RealTOHJIRO】。
☆あさおか・みれい 1991~93年までセクシー女優として活動。引退後、女優業を本格化。TBS系ドラマ「高校教師」をはじめ、数多くのドラマや舞台で活躍する。「X」は【@MireiAsaoka】。













