「御三家」の一人として人気を博した大御所演歌歌手の橋幸夫さんが、4日午後11時48分、肺炎のため都内の病院で亡くなった。82歳だった。所属事務所「夢グループ」が5日、訃報としてマスコミ各社に知らせた。今年に入って物忘れがひどくなり、5月にはアルツハイマー型認知症を公表。それでも仲間歌手の支えもあり、できる限りステージに立ち続けた。

 5月にアルツハイマー型認知症を公表。その後も橋さんは「夢グループ20周年記念コンサート」のステージに立っていた。同月末に救急搬送され「一過性脳虚血発作」と診断され入院したが、翌6月8日に退院。その3日後には同コンサートの滋賀公演で復帰したが、その2日後からまたずっと入院していた。

 夢グループの石田重廣社長はさる1日、都内で開催したトークショーで、橋さんの病院寝たきり生活を明かしたばかりだった。昨年8月から全国を回っていた同コンサートツアーが、先月やっと終わったというタイミングも見計らったそう。

 石田社長は記者に「ホントの現実を聞けば、みんなビックリするんじゃないかと思う」と語ったように、トークショーでは「大きなイビキをしてずっと寝てます。(中略)そして顔ももう橋幸夫さんの顔じゃないんです」などと、意思疎通さえできない橋さんの現状を明かした。

 橋さんはここ2~3日、血圧が不安定で、石田社長は心配してお見舞い。その時は血圧も安定していたが、石田社長が帰った直後、容体が急変した。石田社長が病院へ再度駆け付けた時、橋さんはすでに息を引き取っていたという。

 物忘れや同じ話を繰り返すといった橋さんの異変は、今年初めごろから所属歌手たちの間でささやかれていた。石田社長は3月、橋さんについて所属歌手たちへ話し、それまで個室だった橋さんの楽屋を、他の歌手たちと同じ相部屋に。人と話すことが病気の進行を遅らせるとの判断からだ。

 4月、橋さんの後進グループ「二代目橋幸夫yH2」のメンバーが謹慎中との情報をキャッチ。橋さん本人を直撃し話を聞いている。当時は、お世話役の韓国人歌手・ZEROの手を借りることもあったが、橋さんの足取りはしっかりしていて、滑舌も普段と変わらず、しっかりした口調で謹慎メンバーを叱咤激励していた。

 そして5月、石田社長は橋さんの認知症を公表。所属歌手たちとの交流についてこう話していた。

「今ではみんながいる部屋で、一緒に弁当食べながら、そしてできるだけみんなも橋さんに質問するわけです。声掛けてあげるわけ。そうすると同じ答えしか返ってこない時もあるけども、橋さんはニコニコしているという…」。デュオ「狩人」の高道やZEROらが中心となり、橋さんを支えたという。

 橋さんは6月の滋賀公演まで、長丁場の20周年記念コンサートのステージに立ち続けた。夢グループ関係者によると「仲間の歌手たちは、橋さんが舞台で歌えるよう、ものすごく献身的に支えていました。奥さんも、橋さんが生涯現役で歌えるように支えていて、みんなすごく橋さんをリスペクトしていたようです」とのことだ。

 昭和から平成、令和と駆け抜けた人気歌手が、惜しまれながら旅立った。