ともに77歳の漫才コンビ「海原はるか・かなた」が23日、大阪市内で行われた「海原はるか・かなた芸歴55周年記念公演」(8月23、24日=DAIHATSU心斎橋角座)の記者会見に出席した。
2人は、1968年に松竹新喜劇俳優の曽我廼家明蝶の開設の俳優養成所「明蝶芸術学院」の役者科に4期生として入学。卒業後は海原お浜・小浜の門下となり、70年にコンビを結成した。中古車買取ユーポス(2000年~01年)のCMで、かなたがはるかの髪に息を吹きかけ「フ~リーダイヤル」という芸で一躍人気者になった。
この日、2人は同公演のチラシ撮影時の衣装で登場。1日目の公演では、これまで舞台、テレビ、ラジオなどで披露してきた漫才台本のタイトルをもとに「漫才」を通して55年を振り返り、2日目には若手芸人たちと企画コーナー「はるかなクイズ」で盛り上がるという。
芸歴55周年についてはるかは「相方(かなた)とコンビ組んで、55年間も芸能の世界に自分が存在できるとは予測もしなかったので、ありがたいやら、うれしいやら。もう感謝しかないです」と笑顔を見せた。
かなたは70歳の時、「腰部脊柱管狭窄症」で手術をし、1年7か月の休業を余儀なくされた。
「周年前に『腰部脊柱管狭窄症』で腰を痛めまして、はるかくんには迷惑をかけたんです。なにくそという気持ちが強くて1年7か月ぶりに舞台復帰したというのが、自分なりの頑張りでした。あとコロナ禍になって胃の手術をしまして、いま薬も飲んでますけど、すこぶるとは言いませんけど、元気でやらせてもらっています」と振り返った。
当時については、るかは「相方(かなた)がダウンした時『一緒に立って漫才やりたいから、療養やリハビリにどれだけ時間かかっても待ってるから』って言った」。
かなたの療養中に出身地・熊本へ帰省した折に「1年7か月、相方が元気になるまで待ってたんですけど、待つ楽しみを教えてくれて、人生ってこんなふうに考えたら全てのことが楽しくなるんだという、ものの考え方ができるようになった。相方が復帰して初めて漫才やった時には『漫才って、こんなに楽しいものなんだな』と腹の底から思いました。相方、元気になって良かったなとつくづく思いました」と語った。
2人は、健康づくりのためスポーツジムに通っている。
はるかは、故内田裕也さんが69歳の時に出版したヌード写真集に触発され、70歳と75歳の時にプライベートヌードを撮影。「これやったら80歳の区切りで撮ろうかなと思って、今80歳を目標にトレーニングしてます。トレーニングしてたら元気になりますからね」と明かした。
それを聞いたかなたは「はるかのようにヌードのようなものを撮ろうとは思わないけど、ジムには行ってます。私の場合は週に4日くらい。ちょっとでもしなくなると衰えを感じますよ。階段上がって行く時、つらい時があります」と告白。
階段の手すりを使う時があると合いの手を入れた、はるかだったが「若い女の子が向こうから下りて来たら思わず(手すりから)手を離しますね。握ってる姿がおじいちゃんくさいかなと思って」と照れ笑いを浮かべていた。













