ゴジラ推しの巨匠が逝った。直木賞作家の伊集院静さん(本名・西山忠来=にしやま・ただき)が24日、亡くなった。73歳。今年10月初旬に肝内胆管がんの診断を受けたことを発表し、治療に専念するため、執筆活動を休止していたが、回復にいたらなかった。

 伊集院さんは無類の野球好きとして知られ、なかでも元巨人、ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏が大の〝推し〟だった。ベストセラー「大人の流儀」シリーズの取材で何度か対面したが、本の話はそっちのけで、松井氏の話が始まるのが常。伊集院さんが松井氏と出会った当時の球界にはイチローというスーパースターが君臨していたが、〝松井推し〟になったきっかけも歯に衣着せずに明かした。

「俺は断然、松井派だ。一方的な見方かもしれないが、イチローは最初に俺と対談したときに帽子かぶってきた。言ったんだよ。『お前、今から大リーグいくだろ。クリントン(元大統領)から招待されたら帽子かぶっていくか?』って。しかも、ひじをついて待ってた」。一方、松井さんは初めて対談した際、直立不動で待っていた。これに伊集院さんは「惚れた」という。

 松井氏のMLB時代はもちろん、その後も2人はたびたび食事に行く間柄となるのだが、印象的だったのは2014年にインタビューした際のこと。愛すべき松井さんが引退して1年が過ぎ、現場に戻らず〝隠居気配〟が漂っていたことに不満顔で言葉を並べた。「すぐに働くべきだ、巨人の監督として」「(当時監督の)原の次はお前だぞ、って言ったんだ」

ヤンキース時代のジーターと松井秀喜(2006年)
ヤンキース時代のジーターと松井秀喜(2006年)

 伊集院さんは収まらず、2人の間でしか交わされていないようなエピソードまで持ち出して、ゴジラ愛をまくしたてた。

「黙っていても2年持つ。優勝すれば3年持つ。でもチームの成績が上昇していくと必ず観客は減る。その3年目にデレク・ジーター(元ヤンキース)をコーチで呼べって言ったの。松井がヤンキースと再契約するかどうか、なかなか決まらないことがあったとき、ジーターが飛行機の中で言ったそうだ。『お前、契約してくれよな』『もし一緒にずっとやれたら、最後に日本でお前と野球やってもいいから』って。だから松井には、(コーチをやらせるために)そのことを持ち出せと言ったんだ。男の友情だよ」

 あのときの伊集院さんのキラキラした瞳といったら――。夢に見た〝松井ジャイアンツ〟の誕生を、これからは天国で楽しみに待っているだろう。