作家の紗倉まなが3年ぶりに刊行した恋愛小説集「ごっこ」(講談社)が話題を集めている。単独インタビューでは収まりきらなかった話を記者目線で改めてお届けする(※当記事は一部ネタバレを含むので同書を未読の方はご注意ください)。

作家・紗倉まなが執筆中に考えるコトとは
作家・紗倉まなが執筆中に考えるコトとは

 紗倉が2020年に刊行した小説「春、死なん」(講談社)は妻に先立たれた70歳男性・富雄が主人公で、老人の性がテーマだった。物語の終盤で富雄は「なにが七十歳だ。たかが七十歳だ。When I’m Seventyだ」と自らを奮い立たせるシーンがある。直前にビートルズの「When I’m Sixty-Four」があるから、影響を受けていることは間違いない。当時のインタビューで私はなぜビートルズが出てきたのかを紗倉に尋ねた。

「実は私の父が毎週のように、長文で湿っぽいメールを送ってきた時期があったんです。父と母は離婚しているので全然会っていないんですけど、あるとき、『遂に俺もビートルズの歌(の年齢)になっちゃった』と送ってきたことがあったんです。そのときはうざったいなと思ってたけど『春、死なん』を書いている途中に思い出したんです。その世代の方はビートルズを聴いていたんだろうなと思って曲を聴いてみたら、年齢を重ねてしまったむなしさをしみじみと感じて。ここだけは父に感謝しましたね!」(2020年3月27日東スポWEB)

 このときも多くのメディアが紗倉のインタビューを申し込んでいたが、後日別の取材で会ったときに「ビートルズについて突っ込まれたのは東スポだけです」と笑顔で明かしてくれたことを覚えている。

1966年に来日したビートルズ
1966年に来日したビートルズ

 それから早3年。「ごっこ」に所収された「はこのなか」「ごっこ」「見知らぬ人」のいずれも「群像」発表時に読んでいたものの、久しぶりに〝作家・紗倉まな〟にインタビューするとなると緊張して、前の晩に何度も読み直していたところ、またもや楽曲が気になってしまった。「また曲名のことを質問するんですか?」と呆れられそうな気もするが、疑問が浮かんでしまった以上、記者としては聞く以外の選択肢はない。

 表題作「ごっこ」は主人公ミツキが、年下の男の子であるモチノくんに振り回されながら10日間の逃避行を繰り広げるという物語で、車の中の2人が会話を繰り広げるシーンが多いことが特徴だ。

1995年に来日したBlur
1995年に来日したBlur

 物語終盤で、モチノくんは英ロックバンドBlur(以下ブラー)の「End of a Century」を流し始める。1994年に発売されたブラーの3rdアルバムで全英1位を獲得。シングルカットもされており、40代の人ならきっと耳にしたことがある曲だが、同アルバムには「ガールズ&ボーイズ」「パークライフ」といったもっと有名な曲もある。それなのになぜこの曲なのだろうか? 「ごっこ」の当該箇所を少しだけ引用してみる。

「モチノくんが流したのはブラーのエンド・オブ・アセンチュリーだった。オアシスと拮抗していたあのアーティストか、と時代を遡りつつ思いを馳せたが、これが青春? モチノくん 生まれた頃でしょう? と笑い飛ばすと、モチノくんは、静かにしてよしっかり聴きたいんだから、と音量を上げた。」(56ページ)

 年齢的には1993年生まれの紗倉もモチノくんとほぼ同じであって、やはりブラーを聴くことには何らかの意味があるに違いない。〝答え〟を本人に聞いてみよう。

「水曜日に『AuDee CONNECT』(TOKYO FM)ってラジオを『ダウ90000』のはすみん(蓮見翔=25)とやっていて、トークの合間に流す曲をいつも3曲ずつそれぞれが選んでいるんですけど、はすみんってたまに、私が知らない曲を出してくるんですよ。自分より下の世代の人が私の知らない古い曲を知っているという違和感が面白くて。ミツキとモチノくんも似た状況になっています」と紗倉は笑顔で明かす。

紗倉は物語を巧妙に紡いでいる
紗倉は物語を巧妙に紡いでいる

「リアルタイム世代ではないから決して曲を詳しく語ることはできないけれど、イケてる誰かがどこかで流したブラーを聴いたことがあるから、モチノくんはこの場面でブラーを流すわけです。言ってみれば年上のミツキへのアピールなんですよ。そうやって自分が酔っているところも含めてモチノくんなわけで…(笑い)。私自身も、もともと好きな曲ではあります」

 だが、それだけではなかった。エンド・オブ・ア・センチュリーの歌詞の冒頭「She says there‘s ants in the carpet, dirty little monsters Eating all the morsels, picking up the rubbish(和訳:彼女はカーペットにアリがいるという、汚い小さな怪物、ゴミを拾い集めてひとかけらも残さず食べる)」は「ごっこ」の中に登場する蟻通明神の話とシンクロしていたのだ。

 

「ブラーの曲が流れるもっと前、中盤でミツキが七曲がりにくねった小さな玉に糸を通すために、アリの腰に細い糸をつけて穴に入れるという蟻通明神の話をしているんですが、エンド・オブ・ア・センチュリーの歌詞の和訳を見たときに、この歌詞もまた哲学的な部分で通じることを言ってるんだ、すごくいいなと思って、それが選曲の決め手になりましたね」

 紗倉は偶然の一致であるかのように話すが、記者はそうは思わない。〝世紀の終わり〟が流れたところから物語は劇的にドライブし、ラストまでハイスピードで突き進む描写は圧巻だ。

 エンド・オブ・ア・センチュリーのBPM(1分間ごとの拍)は80でゆったりとしているが、もしも「ごっこ」が映画化されるとしたならエンドロールまで淡々とこの曲を流してほしいと思っている。めちゃくちゃな速度で終わる映像と、あっさりと「世紀の終わり、何も特別なことはない」という歌詞の非対称な関係は〝作家・紗倉まな〟が巧妙に配置したものであるという気がしているからだ。

 次はどんな物語を書くのだろうか。どんな驚きを与えてくれるのだろうかと今から楽しみで仕方ない。

話題の『ごっこ』(講談社から発売中)
話題の『ごっこ』(講談社から発売中)