ガールズケイリンが2012年7月1日に平塚競輪場でスタートしてから10年――。平塚競輪場で「オッズパーク杯ALL GIRL'S 10th Anniversary」(6月29日~7月1日)が開催されることに伴い、ガールズケイリン10周年記念の記者会見が27日、都内で行われた。小林莉子(29=東京)、石井寛子(36=東京)、佐藤水菜(23=神奈川)の3選手も出席し、ガールズケイリンの10年について語った。
ガールズ1期の小林は開幕戦の平塚シリーズを制し、その年のガールズグランプリを勝ったトップランナーだ。デビュー当時を「1期のみんなで、『自分たちがファンをつかまないと続いていかない』と話していた」と思い返す。「3年持つか、5年でつぶれるか」――。1期33人からのスタートは苦難の道のりだった。
当時JKAの会長を務めていた下重暁子氏はメッセージを寄せ、女子が走る競輪に「復活に疑問を唱える声もあって賭けだった。でも今、人気コンテンツとなって感慨ひとしお」と喜びを表した。200人に迫る選手数に達し、JKAの八子洋介執行理事も「次のステージに向かうために様々な改革、刷新を行う」と宣言。レーサーパンツも全体がピンクのものから、黒地にピンクを差し込むスタイルに変更する。
石井はガールズとしては2期だが、2008年から試験的に行われていた女子のエキシビションレースで活躍していた先駆者だ。勝って当然の実力者だったものの「負けてものすごく悔しくて、お客さんの前で大号泣したりしてました。そしたら沖(美穂)さんが『泣くな!』って」。プロのロードレーサーとして海外で活躍し、ガールズケイリンを黎明期から支えている沖からの言葉で目が覚め、真の強さに近づいていったと明かす。
沖はガールズ1~6期の教官を務め、現在も「ガールズケイリンのこれからの10年をどう盛り上げるか」に力を注いでいる。「ガールズの選手たちはみんな素直で、頑張ろうという気持ちが強い。とにかく、ガールズケイリンの選手とは何か、から話してきました」と熱血指導で多くの選手の成長を支えてきた。
ガールズケイリンは女子の自転車競技の促進にも成果を現わし、佐藤は昨年10月の世界選手権ケイリンで銀メダルを獲得。直前のアジア選手権でもケイリンで金メダルを手にした。佐藤は「競技に挑戦することで、脚力、精神力で成長できた。ガールズケイリンがメジャーなスポーツ、仕事になっていけるように頑張っていきたい」とさらにこの業界を盛り上げられるようにと、言葉に力を込めた。
2012年7月1日から10年を迎える今年、6月29日から「オッズパーク杯ALL GIRL'S 10th Anniversary」が始まり、節目の7月1日に最終日を盛大に行う。
平塚競輪公営事業部の木川大成部長は「ちょうど10年前に~」とまさかの名曲「ロード」の唄い出しをアレンジした挨拶で会見場を沸騰させつつ「歴代のガールズ選手すべての方にリスペクトの思いをお伝えしたい。ぜひ多くのファンのみなさまに、生の走りを、ライブで見てほしい」と来場を熱く訴えた。












