日本のヒップホップシーンをけん引するHOKT(ホクト=40)が本紙に赤裸々告白だ。HOKTは1990年代、東京・池袋のカラーギャングのトップに君臨し、小説家・石田衣良氏の名作「池袋ウエストゲートパーク」のKINGのモデルにもなったことでも知られる。現在はヒップホップ界に軸足を置き、このほど7枚目のアルバム「G in RHYMES SEASON2」を発売。そんな希代のカリスマを直撃した――。
――カラーギャングのトップだった
HOKT:はい。もともと音楽をやりたかったんですよ。でも米国のヒップホップって、音楽だけではありません。ファッションや車などライフスタイルそのもの。黒人やメキシカンのマイノリティーのメッセージなんですね。そのカルチャーの中にギャングがある。ヒップホップをやるには、ギャングの要素は欠かせませんから。
――結成はいつ
HOKT:96年です。最初は6人からスタートしたんですが、どんどん勢力が拡大してオレが把握している限りで400人ぐらいはいたかな。総勢800人はいるとも言われていました。
――いろいろな有名不良グループと連日抗争していたとか
HOKT:激しかったですね。ある日、いきなり目の前に数台のワゴン車が止まって、木刀を持った50~60人に襲われたこともありました。1人になり、突っ込んで行ったこともありますよ。
――メディアにも注目されていた
HOKT:テレビ、新聞、週刊誌…いっぱい取材が来ました。おそらく、石田衣良さんもその時にいらっしゃったと思うんですが、正直覚えていません。その後、チームが大きくなりすぎて、暴力だけの人間も出てきて…。オレのポリシーではないので、だんだん別れていきました。それからはオレも紆余曲折あり、ヒップホップを真剣に追求し始めました。
――ヒップホップを始めたきっかけは
HOKT:19歳のときに米国のヒップホップグループ「N.W.A」に衝撃を受けたことです。かっこいいな、と。それまでもバンド活動をしていましたが、一気にのめり込んでいきました。必然的に、それまであった日本のヒップホップとオレの作るものは一線を画してました。
――その違いは
HOKT:日本はどこか金持ちが不良のフリをしたり、ピースフルな歌詞でやっていたイメージでしょうか。でも本当のヒップホップは、黒人や貧しいマイノリティーたちの切実な叫びがある。オレも自分が経験した喜怒哀楽、仲間たちとの絆、大切な家族…そういうリアルなものを音楽にしたいと思っていました。
――今回の新アルバムでも憲法9条をモチーフにするなど、メッセージ性が強い
HOKT:今の日本に危機感があるんです。コミュニティーが壊れ、スマホの中にしかないでしょ? ウソの友達がいて、幻想の人間関係を築いている。テクノロジーの時代だから仕方ないけど、本当は人間のコミュニティーって、そうじゃないと思う。毎日のニュースを見てください。親が子を殺し、子が親を殺す。女を拉致してはバラバラにする。オレたちがやってきたことより、よっぽどクレージーなことをしている。そんなおかしな世の中に、ヒップホップを通じてオレの思いを訴えていきたいですね。
☆ホクト=1975年11月1日生まれ。北海道足寄郡陸別町出身。小学生のころからドラムを始め、中学でコピーバンドを結成。同時に地元の“ワル”として名をとどろかせる。16歳で上京するとカラーギャングのリーダーにのし上がり、池袋を制圧。現在はヒップホップを中心にファッションやプロデュース業など幅広く活動している。公式ホームページ【http://www.digdagood.com/artists/hokt/】。
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