お笑いコンビ・アンタッチャブルの柴田英嗣が、25日に更新されたNON STYLE・石田明のユーチューブチャンネル「NON STYLE石田明のよい~んチャンネル」にゲスト出演し、デビュー当時について語った。

 アンタッチャブルはデビューしてすぐ頭角を現したという。同期にも逸材が揃っており、「『ビビる』ね、すごかったし。スープレックスね、劇団ひとりの。これがやっぱりすごかったし。バカリズムね」と柴田が話すと、石田は「同期えぐいっすね」と驚きの声をあげた。

 そうした中、関西の〝まだ見ぬ強豪〟のウワサが関東にも届いていたという。「関西から『知らないだろうけどブラマヨ(ブラックマヨネーズ)っていうヤツがすごいぞ』とか『次課長(次長課長)っていう天才が現れました』みたいな話が舞い込んでくる」

 そうした中、静岡出身である柴田の先輩のウワサが流れてきたという。「『大阪吉本に〝静岡茶っぱ〟って人がいる』(と聞いた)。『えっ、何で静岡茶っぱが大阪にいるんですか?』って言ってたら、その人が静岡の人で、組んでたのがザコシだったの」

 ハリウッドザコシショウは当初、静岡茶っぱと「G★MENS」というコンビを大阪で組んでいた。柴田は「ザコシショウが中学の先輩だったの」と明かした。

 続けて「オレの中学の2個上の先輩で…。オレは知らないよ、その時は。ザコシが中学の先輩でR-1取って、(自分が)M-1取って、あとキングオブコントだけなの、オレの中学」。石田が「誰かいるんですか?」と聞くと、柴田は「いや、いないのよ。言ってんのよ、今の学生に言ってんの。『行ってくれ』と、『キングオブコント、取ってくれ』と。そしたら凱旋で、3組でライブやろうって話。それがやりたいの。それが夢なの」と語っていた。