認知症を患い4日に他界した大御所演歌歌手・橋幸夫さん(享年82)の通夜が9日夕、東京・文京区の傳通院でしめやかに営まれ、猛暑のなか多くの歌手仲間や業界人が弔問に訪れた。
歌手活動のかたわら、橋さんは書画をたしなみ、プロ級の腕前。中でも静岡県熱海市の自宅からよく見え、好んで描いていたのは富士山。祭壇はそれをテーマに設けられ、また見事な「道」という書も飾られた。
祭壇はトルコキキョウ、カーネーション、バラ、白い胡蝶蘭、白ユリに似たカサブランカを中心に、約3万本の花で富士山がかたどられた。境内には280基の供花が飾られ、花づくしの葬儀に。
遺影は、昨年10月末にベテランカメラマンの山岸伸氏が撮った写真。本堂入り口の両サイドにも、山岸氏が撮影したほぼ等身大写真が立てかけられた。戒名は「歓喜院導譽幸運居士(かんきいんどうよこううんこじ)」。
通夜の冒頭、葬儀委員長を務める所属事務所「夢グループ」の石田重廣社長があいさつ。歌の師匠や両親への「感謝」という言葉を、石田社長は橋さんから「500回ぐらい聞いた」という。また、最後のステージとなった滋賀公演で、ファンを前に発した「命ある限り。パワーをもって百戦錬磨で頑張るんだ。皆さん、応援してるよ!」という〝最期の言葉〟も明かされた。
石田社長が橋さんのアルツハイマー型認知症を公表したのは今年5月のことだ。橋さんはその後もステージに立ち続け、同月末に一時入院するも翌6月8日に退院。その3日後には滋賀公演でステージ復帰したが、6月半ば前からまたずっと入院していた。
9月に入り血圧が不安定で4日、見舞いに訪れた石田社長が帰った後に容体が急変。日付が変わる直前、都内の病院で肺炎のため息を引き取った。












