KAT‐TUNの亀梨和也が28日に自身のユーチューブチャンネルを更新。これまでファンも知らなかったことなども明かされ、盛り上がっている。

 23日にユーチューブチャンネルを開設を宣言してから2度目の動画で、「【人生年表】生まれてから事務所に入るまで。亀梨和也の人生を年表形式で紹介します!」とのタイトルで、誕生から現在の事務所に入るまでの歴史をホワイトボードに書きながら解説した。

 動画では幼少期が一番のモテ期だったことや、家庭が裕福ではなく野球の新しいグラブを買ってもらうために一生懸命練習したこと。家が裕福ではないことに不満はなかったが、当時、好きな人に自分の家を見られるのが恥ずかしくてプロ野球選手になって親に大きな家を買ってあげたいと思っていたという。そのころは新聞の折り込み広告を見ては「ここに自分の部屋を作って」と妄想を繰り広げていたという。

 野球選手を夢見る亀梨だったが、中学生で12歳くらいの時に「アイドル会社とのご縁が生まれます」とジャニーズ事務所(現スマイルアップ)と関係が生まれたという。親戚が履歴書を送ったことでオーディションを受けることになり、合格した。その後、「3年B組 金八先生」のオーディションに合格したことで、野球と金八先生を物理的に両立できなくなったことで家族と話し合い、野球をやめることに。その時には野球部の監督に野球を辞めることをあいさつに行った話など、今までファンも知らなかった話も語った。

 今回は芸能界に入るまでを2人で語っているが、今後もこの【人生年表】は続くようで、ファンは「知らなかった亀梨くんの歴史を知れてうれしい」「お宝写真ありがとう」「生まれました。って言い方が可愛い」などで喜びのコメントをしていた。