昭和の御三家の1人、西郷輝彦さん(享年75)を偲ぶ会が20日午後、都内で開かれ、関係者やファン約600人が参列した。西郷さんが前立腺がんで他界したのは昨年2月20日。当時はコロナ禍でできなかったお見送りが、1年を経てやっと実現した。

 松田聖子ら所属事務所「サンミュージック」の元後輩、親交があった北島三郎やダウンタウンら芸能人、業界の重鎮たちからの御供花で祭壇は埋め尽くされた。遺影には4年前の秋、カレンダー用に撮った写真が使われた。関係者によると「一番優しい素の表情が現れていた」ということで選んだという。

ゆかりの品も展示された
ゆかりの品も展示された

 サンミュージックの相澤正久社長とともに、実行委員長を務めた19歳年下の妻・今川明子さんは「コロナ禍で大切な皆さまになかなかお目にかかる機会がないまま旅立ってしまったのはとても寂しいことでしたが、今日はこの会場のどこかから、皆さまにたくさんの感謝の気持ちをお伝えしていることと思います」とあいさつ。

 御三家の舟木一夫(78)は、19歳の時の初対面を回想し「まゆげがうらやましかった。ご覧のように僕は薄いほうですからね」。舟木らと会の発起人を務めたテレビプロヂューサー・石井ふく子さん(96)も、デビュー直後で大人気だった西郷さんの仕事場に何度も通い、ドラマ出演のオファーをしたことを振り返り、故人にこう呼び掛けた。

「西郷さ~ん、君はどこ行っちゃったの? そういう気持ちです。ホントに惜しい方を亡くしました。これからも、私もなんとか一生懸命、西郷さんみたいにキチッとお仕事ができる人になりたいと思ってます。西郷さん、見ててくださいね」

 西郷さんは芋焼酎が好きでよくたしなんでいたそうで、この日は地元・鹿児島から取り寄せた芋焼酎が献杯用に用意された。御三家とともに「四天王」と呼ばれた歌手の三田明(75)らは、西郷さんとの酒エピソードを披露。1970年代、西郷さんが俳優としての地位を確立したドラマ「どてらい男(やつ)」(フジテレビ系)で共演した尾藤イサオ(79)は「大阪(ロケ)でセリフが多い中、よく北新地のお店へ連れてってもらったりなんかしてましたね」と明かした。

西郷さんとの思い出を語った大村崑
西郷さんとの思い出を語った大村崑

 同ドラマで共演したもう1人、大村崑(91)は「クシャミができないんですよ」と西郷さんの〝弱点〟を暴露。西郷さんは大村になつき、どこへでもくっ付いてきて教えを乞うてきたそうで、当時まだ珍しかった(ノート)パソコンを携え、クシャミの仕方を文字に起こそうとしていたとか。

「輝さん、これは教えられてやるもんちゃうで。自分で考えて(パソコンに)打ってください」と大村は突き放し、だいぶたっても西郷さんは「まだできないです」と言っていたという。「(クシャミを)できないままで終わっちゃった」と大村は残念そうだった。