この35年間、毎年ほぼ2本の映画を製作してきた。私にとってどれも大切な作品で、我ながらいい作品だと思う。自慢がしたいのではない。今観るほうが、その映画がどのような意味を持った作品だったのか、自分でも映画の内容をよく理解できるという、むしろいささか間抜けな話なのだ。

 不思議な感覚だが、それも映画製作の面白さ、不可解さといえるかもしれない。映画は生きもので、社会の変化に伴って進化していく。つまりは、映画を観る私たちの方が変容しているに過ぎないのだが、映画が古くなっていないと感じることができるのは、幸せなことだと思う。

 さて、私の最新作が今公開中だ。「明日をへぐる」というドキュメンタリー映画で、高知県を流れる清流、仁淀川の上流域で撮影した作品だ。和紙の原料である楮(こうぞ)を育てている山里の人びとの暮らしと、楮という植物の成長を、1年半にわたって追った記録だ。

 楮から作られた和紙の中でも、修復紙と呼ばれる和紙は千年持つといわれ、古文書や日本画など美術品の修理に使われてきた。100年から200年に一度張り替えられ、修理が繰り返されて、貴重な記録が現在まで保存されてきた。和紙による修復作業がなければ、私たちの歴史そのものが、なかったことになってしまうのだ。

 現在のコピー紙や、ハードディスクに記録されたデータなどは、果たしてどのくらい保存できるのだろうか。現代文明とは、なんとも心許ないもののように思う。
「明日をへぐる」で撮影させていただいた高知の山里の人びとの営みは高齢化と後継者不足によって、消えてゆこうとしている。果てしない経験の積み重ねによって培われてきた技術は、一度絶えれば復活させるのは難しい。技術が失われるということは、私たちの暮らしの豊かさまでが、失われていくことを意味する。

 しかし、何度失われてもそれが真に必要なものであれば、形を変えながらも、何度も繰り返し復活してきたのが、また私たちの歴史だ。少しだけ思考の尺度を長くしてみることが肝要で、そこに希望が宿っているのだ。「明日をへぐる」のナレーションを原田美枝子さんに、またポスター画を高知県出身の絵本作家で画家の田島征三さんにお願いした。お2人とも26年前、この地で撮影した劇映画「絵の中のぼくの村」以来の友人だ。

 同じ地域で劇映画とドキュメンタリー映画を製作し、26年経った今でも、その土地の人びとや、関係者とつながれていることが、映画製作の僥倖だと思う。

 ☆やまがみ・てつじろう 1954年、熊本県生まれ。86年「シグロ」を設立、代表就任。以来80本以上の劇映画、ドキュメンタリー映画を製作・配給。「絵の中のぼくの村」(96年)でベルリン国際映画祭銀熊賞受賞をはじめ、国内外の映画賞を多数受賞。主な作品に石原さとみ映画デビュー作「わたしのグランパ」(2003年)、「老人と海」「ハッシュ!」「松ケ根乱射事件」「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」「沖縄 うりずんの雨」「だれかの木琴」「明日をへぐる」など。現在「親密な他人」の公開を控えている。