お笑いタレントの森脇健司が8日放送のMBSテレビ「おしゃべり小料理ゆみこ」に出演。人気絶頂期の年収と散財ぶりをカミングアウトした。

 森脇は松竹芸能の第1回オーディションへの応募をきっかけに、高校生の時に芸能界デビュー。20代に差し掛かるころには、すでに関西で複数のレギュラーを持つようになった。

 当時についてMCの有働由美子に聞かれた森脇は「光GENJIがバッと売れてて、少年隊が売れてて、関西の女の子たちがワーキャー言うターゲットがいなかったんですよ。そこで、『お笑い組が』っていう作りを放送局が作ってくれたんですよ」と回想した。

若かりし頃の森脇健児(1999年)
若かりし頃の森脇健児(1999年)

 有働が「調子に乗ったりとかはするんですか?」と質問すると、森脇は「それはね、まだ20歳前半ぐらいの小僧が、そりゃ…調子乗りますよ!」と自嘲し、「中学生、高校生にワー言われる。イベントやる言うたら大阪城ホールですよ。1万2000人のとこでドンと出て。で、CD出す、歌歌う、ドーン!来る」と振り返った。

 その後、東京進出を果たすと、アイドル的人気に拍車がかかる。森脇は「SMAPと一緒にね、『夢がMORIMORI』で、キックベースやったり、『笑っていいとも!』も出させてもらったり、中山美穂さんとトレンディードラマやったりとか、わーっと出たんですよ。僕ね、25歳の時にね、年収1億あったんですよ」と証言した。

 有働が「当時の1億ですもんね、しかも」とあ然とすると、森脇は「その時でも使うもんないから、もう頭もうブッ飛んでるんでしょうね。僕、東京の品川区上大崎3丁目に、5年ローンでマンション買いました。バンバン払いました。8800万で買ったマンションですよ。あと高級外国車、メルセデスを買いましたね、キャッシュで。2台。夢あるでしょ? 夢ありますよ、芸能界」と明かした。

 有働が「『いつか風が吹かなくなるのでは』と、怖くないですか?」と質問すると、森脇は「これはやっぱり来ましたよ。その時が。レギュラー12本が突然ゼロになりました。『なぜか?』って考えたんですよ。やっぱりね、おもろないのがバレたんですよ。飽きられるんですよ」と苦笑いを浮かべていた。