【直撃!エモPeople】 芸能界のご意見番、毒舌おネエキャラで知られる歌手・美川憲一(75)がデビュー55周年、コロナ禍を経て、次のステージへ意欲を燃やしている。109曲目の新曲「こころに花を」をひっさげたクリスマスディナーショー(23日、東京プリンスホテル)を開催する。山あり谷ありの半生を秘話で振り返り、コロナ禍で不安を抱える人々に「しぶとく生きるのよ」と前編・後編の2週にわたり、美川ならではのメッセージを送った。
コロナ禍では、本業の歌手活動の公演が次々と延期、中止になり大打撃を被った。それでも昨年7月、いち早く静岡でディナーショーを開催した。
「大変なのはみんな一緒。しょうがないと腹をくくって、誰かがスタートしないと先に進まない。私、順応性あるのよ」
毒舌、おネエ言葉で知られるが、経験に裏打ちされた覚悟が常にある。唯一無二のキャラクターがどのように完成したのか、美川自身が赤裸々に半生を語りだした。
妻子ある男性との間に美川を身ごもった母は男性から「これを飲むと元気な子が生まれるよ」と薬をもらったが、母は嫌な予感がして飲まなかった。のちに美川には「私がその薬を飲んでたら、アンタはこの世には出なかった子。だからアンタはしぶといのよ」と、隠すことなく話した。
「普通の親なら隠すじゃない? でも母はさらけ出すの。それをバネにして生きなさいと育てられたのがよかったのよ」
2歳のころ、実母は肺結核になり、東京の母の姉夫婦に引き取られた。義父は美川が小学校低学年の時、亡くなり、実母と育ての母、2人の生きざまが影響を与えた。
「育ての母が料亭に勤めてて、私はお帳場で待ってたの。きれいな芸者さんが出入りして、そのころから美に対する意識が芽生えたの。『坊や、これ、おひねりね』とお小遣いをくれて、それが結構たまるの。目ざとい子だったのよ(笑い)」
その後「2人の母を食べさせるために」高校を1年で中退し「東宝芸能学校」に入り、2年後には「第17期大映ニューフェイス」に合格。並行して大作曲家・古賀政男邸で歌の指導も受けた。
「芸能学校もレッスン代も自分で稼いだわよ。喫茶店や清掃員なんかで。でも作業着が似合わなくてね、嫌だった。ビルの窓ふきは今みたいにクレーンもないからロープでつるされて、冬は手がしもやけでボロボロ。こんな手で芸能界はできないと思ったわ。でも、のちに紅白歌合戦で(豪華衣装、セットで)高いところに上ったでしょ。そのバイトで高所には慣れてたから平気だったの(笑い)」
役者として、通行人や斬られ役などでスタートしたが歌手へ転向する。
「先は長い、失敗したな~と思っていたら『歌手にならないか』とプロダクションの人から声がかかったの。とっさに“役者よりも一獲千金を狙おう”と勘が働いたの」
育ての母は「そんな簡単なもんじゃない。地道に役者をこつこつとやっていけばいいじゃない。歌手はヒットが出ないと飯食っていけないのよ」と猛反対されたが、実母は「この子は大丈夫。しぶといから。絶対に世に出る子だから、好きにやらせた方がいい」と背中を押したという。
出身地・長野の木曽川、揖斐川、長良川の3つの美しい川を由来に美川憲一が誕生。65年、青春歌謡路線の美少年キャラで歌手デビューした。66年「柳ヶ瀬ブルース」が120万枚の大ヒット、映画化され映画初出演。68年には「釧路の夜」で紅白歌合戦初出場、72年の「さそり座の女」とヒットが続いた。だが、好事魔多し。77年、大麻取締法違反で逮捕された。
「興味本位でもらったモノを眠るために使ってみたけど、体質に合わなくて、中毒性への怖さもあったから人形のスカートに隠して友達に渡そうとしていたら、それを話した人に密告されちゃったの。でも、後で思ったのは、歌手になりたくてなっていないのに順調に売れて、ナメていた部分があったのは確かだった」
初犯で起訴猶予処分となったが、84年には再び大麻取締法違反で逮捕。懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決を受けた。
「2回目はあるミュージシャンが逮捕された時、モノを預かったことがあったので、自分から警察に『私にも責任がある』と証言したの。人生最大の汚点。でも自分がやったことだからしょうがない。落ちるとこまで落ちて這い上がるしかないと思いました」
そんな過去がありながら、コロナ禍では長野県警の「信州安全安心サポーター」を委嘱され、特殊詐欺撲滅宣言と題した動画や留守番電話の声などに出演。11月には同県警から感謝状を受けた。
「人助けは大事。でも複雑な気持ちだったわよ」
どん底から這い上がった奇跡の復活はここから始まる。
☆みかわ・けんいち 1946年5月15日生まれ。長野県諏訪市出身。高校中退後、東宝芸能学校入学。64年「大映ニューフェイス」合格。65年「だけどだけどだけど」で歌手デビュー。66年「柳ヶ瀬ブルース」が大ヒット。68年の初出場から7年連続紅白出場。77年、大麻取締法違反で逮捕、起訴猶予。84年、同法で2度目の逮捕、有罪判決。89年、ものまね番組でコロッケと初共演。90年、ちあきなおみと共演した「タンスにゴン」のCMが話題。91年、紅白復帰。「おだまり!」が流行語に。2012年、事務所独立。20年、ブログ「しぶとく生きる」、21年、公式ユーチューブ開始。最新曲「こころに花を」が好調。23日にクリスマスディナーショー(東京プリンスホテル)を開催する。












