ボートレース尼崎のSG「第73回ボートレースダービー」は山田康二(38=佐賀)が優勝し、悲願のSG初制覇を成し遂げた。この優勝劇を感慨深げに眺めていたのはボートレースファン歴48年の元天才ジョッキー田原成貴(67)だ。競馬とボートレース。競技は違えど、人生の分岐点ともなり得る優勝の重みは、勝負の世界に生きてきた男だからこそ分かる。そんな田原がお届けするダービー回顧録とは――。
【水面の残像】単なる優勝ではない。とても奥深く忘れられないSG制覇だった。それは山田選手自身が最も感じていると思う。
振り返ると山田選手にとってすべてがかみ合った大会だった。序盤は決していい足色ではなく初日1走目は展開と腕で勝ったように見えた。しかし、持ち前のペラ調整と整備力でエンジンを尻上がりに良化させた。準優を逃げた時、私は完全に仕上がったなと思った。
うまくかみ合ったのはペラとエンジンだけではない。山田選手が準優10Rを逃げ切って優勝戦一番乗りを見せると続く準優では1号艇が立て続けに崩れた。準優11Rでは果敢にまくった中島孝平選手、インから抵抗した桐生順平選手が共倒れとなり準優12Rではシリーズリーダーのイン金子拓矢選手が1Mでハンドル操作をミスして敗れた。もしも山田選手が自分のレースの前にアレを見ていたら…と想像すると精神的にもどうなっていたか分からない。レースの順番も追い風になったのではないか。
迎えた優勝戦はスタートもターンも完璧だった。1Mを回って疾風のごとく走る山田選手の姿を見て冒頭でも書いたように私は本当に深い感動に浸っていた。すでに多くのファンが見聞きしているように峰竜太選手を筆頭にした「佐賀軍団」が今、すさまじい。賞金ランキングは峰選手、定松勇樹選手、山田選手がトップ3を形成しているが、ここに至るまで山田選手はどんな気持ちだったか。
昨年のダービーは後輩の末永和也が制覇し、ひと回り以上も年下の定松選手は飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進している。競馬の世界でも同じことが言えるが、同門の後輩に先を越された時の心境は穏やかではない。いい意味で刺激にはなるだろうが、仮にこのまま波に乗り遅れたらオレはもうワンランク下のレーサーになってしまう…という焦りがあっただろう。
いつか勝てると言われながら、結局は勝てずに終わっていくレーサーを何人も見てきた。だからこそ今回の優勝は同じ勝負の世界に身を投じた人間として他人事ではなかった。山田選手にとって生涯忘れられないSG制覇。こういうドラマがあるからボートレースファンをやめられない。













