錦織圭(36=ユニクロ)はなぜ世界トップクラスの選手たちと渡り合い、結果を残すことができたのか――。ジャパンオープン1回戦(1日、東京・有明)で世界8位のフランシス・ティアフォー(米国)に4―6、4―6で敗れ、現役最後の公式戦を終えた教え子の原点を、ジュニア時代の恩師が明かした。
錦織が12歳のころから、米IMGアカデミー時代も含めて3年間にわたって指導した米沢徹コーチ(67)が取材に応じた。トップ4まで飛躍できたワケを「彼のテニス感覚、大きい選手とやりあえるノウハウを自分で身につけたのは大きい」とした上で、最大の要因には有望なジュニア選手のための育成基金「盛田正明テニス・ファンド」の存在を挙げた。「大きなサポートを受けて、必要なときに必要なだけの海外での活動をかなえられた」。
続けて「大きな選手たちの中に身を置いて、中学のときから彼らとやり合って、最初は負けることの方が多い中で育った。日本でやっているだけだと250キロのサーブはありえない。200キロもなかなかいない。そういう世界に身を置かないと、まずそこにたどり着くことはあり得ない」と力説。支援を受け、早い段階から世界レベルの日常を過ごせたからこそ、屈強な猛者と戦い抜く術を手に入れられたと強調した。
さらに、錦織が歴史を塗り替えていく姿が周囲に与えた効果にも言及。「彼が活躍するに従って、『自分たちもできるんじゃないかな』っていう思いが出てきたと思う。実際ジュニアの時に勝ったり負けたりの選手がいたわけだから。錦織と練習するチャンスも出てきて『これくらいやればできるんだ』というなんとなくの指標が感じられたんじゃないかな」と分析した。
その影響は次世代にも波及したという。当時から現在までジュニア育成に携わり続ける米沢氏は「小学生で彼を見て『本気でプロになろう、世界目指そう』という選手が劇的に増えたことは確か」とコメント。また「親が錦織を見て『ああいう選手がいるんだったらテニス選手にさせたいな』とか、そういうブームが日本にできていたんじゃないかなと思う」と振り返り、愛弟子の残した足跡の大きさをかみしめていた。












