女優の渡辺えり(71)が1日、大竹しのぶのラジオ番組「大竹しのぶのスピーカーズコーナー」(水曜午後9時5分=NHKラジオ)で、今月20日に亡くなった美輪明宏さん(享年91)を哀悼した。

 番組では美輪さんの歌う「愛の賛歌」を1曲目で流した。この日、ゲスト出演した渡辺は「美輪さんの歌で胸が詰まっちゃって。口を挟んじゃってOKって台本に書いてあるけど挟めなかった」と故人を偲んだ。

 美輪さんと20歳の頃から親交があったとし「劇団さんじゅうまるを旗揚げしたのが23歳の時なんですけど、その3年前から美輪さん、私の舞台をずっと見に来てくれてて。それですごく褒めてくださって」と振り返った。

 渡辺は若い頃からジュリー(沢田研二の愛称)のファンだったため、美輪さんに「ジュリ子」と呼ばれてかわいがられた。美輪さんの助言で芸名や劇団名を改名したという。

「劇団にじゅうまるだったのを『さんに変えたほうがいい』って。美輪さんが名付け親なんですよ」とし、自身の芸名も「えり子からえり」に改名したと明かした。

「朝8時に美輪さんから電話があって『今まで黙ってたけど、渡辺えり子って画数は、苦行僧がつける名前なんだ。50歳を過ぎたから苦労をしなくてもいいんじゃない。このまま渡辺えり子だとトラブル続きで病気になる可能性があるから変えた方がいい』って。当時たまたま私がノドの手術をして『死ぬかもしれない』って言われたんです。そんな時予知能力があるように(美輪さんから電話が)かかってきたので、1週間後に渡辺えりに変えちゃった」と語った。

 美輪さんの代役を務めることもあったという。

「舞台稽古の時に美輪さんのドレスを着なきゃいけなかったの。着て、財津一郎さんとしゃべってたの、いざベンチに座ろうと思ったらキツくて座れないわけよ。『美輪さん、すいません、座れません』って大爆笑」

 美輪さんは、長年反戦を訴えてきたと振り返った渡辺が「長崎で被爆して、軍国主義がいかにみにくいかって肌で感じて…」と切り出すと大竹も「きちんと唱え続けた方でしたよね。美輪さんの思いを伝えていかなくちゃ」と賛同。

 最後に渡辺が「美輪さんは『暗いブスは漬物石にもならない。笑顔で生きなさい』って言われたんで、私は笑顔でがんばります」と宣言すると大竹も「私も笑顔でがんばります。コンサートがんばりましょうね、お互いにね。エイエイオ~」と掛け声をあげていた。