【復刻東スポ】(2004年6月8日付、東京スポーツ「東スポを走らせた あの人はいま」から抜粋)

 男たちを虜にした安西マリアさんのボディーラインはそのままだった。そのうえ、力強い声も「涙の太陽」当時と同じだ。きっと隠れた努力をしているに違いない。「それが、全然していないのよね。年齢より若く見えるとしたら、今の生活の中で自分のやりたいことのバランスが、うまく取れているからじゃないかしら」

 現在の安西さんは2か月に1回のペースで、六本木のライブハウスのステージに立っている(2004年6月12日「安西マリアショー」開催)。その歌手活動と同じくらい力を入れているのがジュエリーデザインだ。ひと月に1回、全国各地で展示・販売会を行っている。

 安西さんといえば1973年8月に発売されたデビュー曲「涙の太陽」が大ヒット。この年のレコード大賞新人賞を受賞したことで、歌唱力のあるセクシー歌手のイメージが強いが、「実はレコードデビューすることもまったく知らされていなかったし、ボイストレーニングをやったことさえなかったの。しいてトレーニングといえば、歌番組で歌うことぐらいかしら。演技も同じで全部ぶっつけ本番。当時の共演者の方々には本当に迷惑をかけたと思うわ」。

 1973年10月にはTBS系のドラマ「別れの午後」にレギュラー出演。その後も歌手として「針のくちづけ」「涙のジャニー・ギター」などのヒット曲に恵まれ、女優としては故・松田優作さん主演の映画「暴力教室」などに出演。さらにグラビアでも、ドイツ人の祖父ゆずりのエキゾチックな容姿に加え、B88・W57・H84のナイスバディーを惜しげもなく披露。こうして順調に人気を維持していた安西さんだったが、78年に突然、芸能界から引退してしまう。

「何がどうなっているのか分からないくらい忙しかったし、もともと何がなんでも芸能人になりたかったわけでもない。普通の生活に戻りたかったの」

 引退後はハワイに移住したこともあった。その後、結婚・出産・離婚を経験。女手ひとつでの子育てを無事に終えた4年前、知人からライブハウスへの出演を依頼され、22年ぶりにステージに立った。「今後も今のままのペースで、楽しく仕事をしていきたいわね」

 もう他人の思惑に左右される必要はない。そこには、本当のマイペースを見つけた大人の余裕があった。