女優の吉行和子さんが2日午前0時19分、肺炎のため都内の病院で死去していたことが明らかになった。90歳だった。葬儀は近親者で行った。〝仕事人間〟で映画やドラマで活躍。プライベートではバターを〝主食〟にしていた時期もあった。
父でダダイスト詩人の吉行エイスケさん、母で美容師の吉行あぐりさんの長女。1956年の舞台「アンネの日記」で主役を務めて注目を浴びた。59年の映画「にあんちゃん」(今村昌平監督)、78年の映画「愛の亡霊」(大島渚監督)などに出演。自立した女性や母親、妖艶な悪女など幅広く演じ分けた。
代表作は2006年の映画「佐賀のがばいばあちゃん」、TBS系「3年B組金八先生」シリーズ、同局系「ふぞろいの林檎たち」シリーズなど。あぐりさんをモデルにした97年のNHK連続テレビ小説「あぐり」にも出演した。
プライベートでは28歳の時に結婚し、4年ほどで離婚。その後は独身を貫いた。あぐりさんが15年に亡くなるまで介護を続けたことでも知られる。
〝仕事人間〟だった。
13年11月、都内で行われた主演映画「燦燦~さんさん~」のイベントに足を引きずりながら来場。右足を骨折していた。本人は「雨の日にケガして骨を折ったんです。8月の豪雨の日。2か月以上入院しました」と説明。「お医者さんに『そのお年でそこまで治るのは大したもの』と言われました」とサラリと明かした。当時78歳だった。
今年も精力的に活動していた。2月に映画「あなたの息子ひき出します!」(来年公開予定)の撮影に参加。出演作は他にも映画「金子文子 何が私をこうさせたか」(来年2月公開)がある。「死ぬまで仕事をしていたい」と女優としての矜持を持っていたという。
食生活は独特で、乳製品をよく口にした。
「食べることは『大嫌い』と話していました。『私にとっては仕事が〝栄養〟』と言うほど。一時期は牛乳とチーズで食事を済ませたり、コンビニで購入したヨーグルトや惣菜などを食べたりしていたんです。独特な食生活は周囲から心配され、健康を保ちながら好きな女優業を続けるために渋々、コーンフレークや肉、魚、生野菜を食べるようにしていました」(映画関係者)
幼少期には、美容師として多忙なあぐりさんが朝食としてよく、バターのかけらを枕元に置いていったとのエピソードを公言してきた。
「吉行さんは80歳を超えても〝元気の源〟として、食事をバターの塊だけで済ませていたこともありました。酒は飲まず、映画やドラマの打ち上げなど人の集まりは苦手。『私は現場で演じていれれば、それでいい』と、豪華な料理にもあまり興味がなかったそうです」(同)
晩年は質素な生活を心掛け、終活のために断捨離を済ませていた。洋服類は友人や仕事関係者に送ったり、捨てたりして、あぐりさんの遺品などは悩みつつも処分していたという。















