今月26、27日に単独ライブ「キャバレー」を開催するお笑いコンビ「バイきんぐ」の小峠英二(46)と西村瑞樹(45)がインタビューに応じた。2012年の「キングオブコント」(以下KOC)で優勝してから10年。所属する「ソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)」でも最近売れっ子の芸人が増えてきたが、2人は先頭を走り続けている。ただ昨年の「M―1グランプリ」で優勝した後輩の「錦鯉」について、西村は「言いたいことがある!」という。

 ――KOC優勝から10年

 小峠 僕は10年間、テレビに出続けることが一つの目標ではあったので、そういう感じになって良かったと思います。

 西村 よく10年もやってこれたなと思います。

 ――今年の単独ライブ会場の有楽町・ヒューリックホール東京のキャパシティーはなんと1000人。27日は全国12都市の映画館でライブビューイングも行う

 西村 それだけの人が見に来てくれるのはうれしいですね。

 ――SMAでも最近、売れっ子芸人が増えた

 小峠 同じ事務所の芸人と現場で会うことが増えました。僕らが優勝したころは誰とも会わなかったけど、最近は錦鯉とかハリウッドザコシショウさんとかよく会う。

 ――M―1で優勝した錦鯉のネタは、小峠さんがアドバイスした

 小峠 そんなに頻繁に見てたワケではないですよ。M―1でやった2本を見て、思ったこと言っただけで。

 西村 それについては言いたいことがあります。最終決戦でやったネタのオチ、「ライフ・イズ・ビューティフル」っていうセリフを小峠がアドバイスした話が結構有名になったんですけど、僕もその場にいたんですよ! それなのに小峠とザコシさんしかいないことになってる。

 小峠 いたっけ?

 西村 いたよ! でもどの記事見ても、僕はいないことになってる。錦鯉が僕のこと、言わなかったんでしょう。

 ――失礼ながらSMAは、芸人の“最後の砦”と言われている

 小峠“最後の砦”とか“芸人の墓場”とか。

 西村 履歴書さえ出せば入れるんで。いろんな事務所を渡り歩いて、行くところがなくなったヤツが最後にたどり着く。「ランジャタイ」もいたし、あと「マヂカルラブリー」の野田クリスタルとか「アルコ&ピース」、あぁ~しらきなんかもいました。

 小峠 多分、ゾンビみたいなもんですよ。墓場に入れられて、そこからはい上がってきた。1回死んでるから(笑い)。

 西村 そう考えると野田くん、すごいよな。ゾンビなのにM―1、R―1で優勝したから。

 小峠 僕らもゾンビですよ。大阪のNSCにいたけど、すぐ東京に出てきて、いろんな事務所を渡り歩いているうちにSMAにたどり着いた。墓場に8年くらいいましたね。それでゾンビになって世に出て行った。

 西村 でもゾンビのパイオニアはコウメ太夫ですね(笑い)。世に出るのは早かったから。

 ――その後、バイきんぐ、ザコシショウ、錦鯉が世に出た

 小峠 みんな1回死んでるから強いんです。

 西村 撃たれても簡単には死なない。

 ――単独ライブが近いが、ネタ作りは?

 小峠 1人でやってます。

 西村 僕は参加しない。最初のころは呼ばれることもありましたが。

 小峠 2人で時間合わせてファミレス行って、3~4時間ひと言もしゃべらずに別れるということが多々あって、この時間ムダだよな、と思い始めたんです。

 西村 あったね! ファミレスでハンバーグだけ食べて帰ったり。

 ――やはりその時間はつらかった

 小峠 つらいです。僕は考えてますけど、コイツは考えてるふりをしてるんで。

 西村 考えてるふりするのも大変なんですよ。

 ――今後も単独ライブはやり続ける?

 小峠 やらなくちゃいけないことの一つだと思ってるんでね。

 西村 僕は毎年やりたい! 声が出なくなる年齢、70くらいまでやりたいです。

 ☆ばいきんぐ 小峠英二(ツッコミ)、西村瑞樹(ボケ)の2人組。自動車教習所合宿で初めて出会い、その後NSC大阪校の面接で“運命の再会”を果たし、1996年5月にコンビ結成。2012年KOCで優勝し、一気に売れっ子になった。最近はピンでの活動が多く、小峠は昨年のKOCで審査員を務めた。西村はソロキャンプ芸人としても活躍。