どんなにマルチな活躍をしても“根っこ”は役者だった――。ワイドショーの先駆けとなった「アフタヌーンショー」(テレビ朝日系)の司会を1974~85年に務めて知名度を上げた俳優の川崎敬三(本名陶山恵司=すやま・やすじ)さんが7月21日に亡くなっていたことが24日、分かった。82歳だった。川崎さんがかつて本紙に語っていたとっておきの秘話を明かす。

 川崎さんは54年、大映のニューフェイス試験を受け、甘い二枚目のマスクが注目されて合格し同年「こんな奥様見たことない」でデビュー。「夜の河」(56年)や「氷壁」(58年)など数多くの大映作品に出演した。同じころにデビューした若尾文子とコンビを組んで「新婚七つの楽しみ」(58年)、「初夜なき結婚」(59年)などの「新婚シリーズ」で、気の弱いとぼけた夫役を好演して人気が出た。また江利チエミ主演のテレビドラマ「サザエさん」(65~67年、TBS系)でマスオさんを演じてお茶の間の人気を得た。

 軽妙な司会で一世を風靡した「アフタヌーンショー」では、リポーターの山本耕一とのやりとり「そーなんですよ。川崎さん」のフレーズを漫才コンビ「ザ・ぼんち」がネタにして流行語にもなった。

 その後も歌番組司会から料理番組ホストなど幅広い活躍を見せた。

 そんな川崎さんが40歳を迎えタレントとして俳優として脂が乗り切っていた73年、本紙のインタビューを受けて大いに語ったことがあった。司会をしていた人気料理番組「料理ジョッキー」(NET=現テレビ朝日)の収録の合間で、エプロン姿がサマになっていた。当時放送800回を超える長寿番組だった。

 家でも自分で料理するのか?との質問に「いいえ、男は外で働くもの。家に帰ればデ~ンとひっくり返っています。僕の場合、料理は道楽ですよ」と笑った。道楽で料理を楽しむ亭主を「エプロンパパ」と言うとも話していた。

「あくまでも趣味と実益を兼ねて家庭円満の範囲にとどめること。後片付けから食器をしまうことまでやっちゃうと女房族がつけ上がるからね」

 何でもこなせる万能タレントになりたいと語る一方で、俳優業には厳しかった。撮影中はいつも弁当持参。セットの片隅など人のいない部屋でぽつんと1人で食べる。

「それまで演じてきた役柄の雰囲気を壊したくない」からだと言い「役者は孤独。誰も知恵を付けてくれないものね。ボクサーが孤独だというけど、3分間たてばセコンドが知恵を付けてくれるんだもの。役者は1本のピアノ線の上を歩いている感じ。緊張感がないとだめだし、その緊張感を演技の上に出してもだめだしねぇ」

 タレントとして活躍しながらも「本業はあくまで俳優」と主張するかのように、役者魂をのぞかせていた。

 こんな川崎さんを恩人と慕っていた「ザ・ぼんち」の2人は24日、コメントを発表した。

 里見まさと(63)は「今から振り返れば、我々ぼんちが、この世界で生活をさせて頂けているのは山本耕一さんと川崎敬三さんなくしてはあり得ないです」。

 ぼんちおさむ(62)も「『そーなんですよ、川崎さん』というフレーズを漫才ブームの時はネタに使わさせていただきました。それが大ウケし、また『恋のぼんちシート』というレコードを出し、大ヒットしました。お会いした時もひょっとして怒られるのではと思っていましたが、とても優しく笑いながら『いいね。おもしろいよ』と言っていただきました。ザ・ぼんちの漫才にはなくてはならない方でした。本当にありがとうございました」と感謝している。