新日本プロレスに入門してからは自分のことで手いっぱいとなり、周りのことなんか気にもかけられない。巡業についていくようになり、8月くらいにようやく練習にもついていけるようになった。そうした中で橋本(真也)選手が9月1日にデビューする。
その頃になると、会社側には長州(力)さんたち維新軍とのいざこざがあったはず。新日本の興行を手掛けていた「新日本プロレス興行」が要は寝返って、長州さんたちを連れて全日本プロレスに行くことになる。そういう予兆がある時だったから新弟子のデビューが早まった感じだな。
橋本選手がデビューした前日、維新軍の付け人だった笹崎(伸司)さんがデビューしていた。俺は「2人ともすげえな」と思ったけど、ちょっと焦った感もあったな。新弟子2人がデビューしたんで「次の枠が来ないんじゃ」と思ったのよ。
1984年9月には、とんでもないことがあった。それまでは猪木さんの正規軍と長州さんらの維新軍は控室、ホテル、移動と全部分かれていた。それでシリーズ中に正規軍と維新軍が突然、和解することになったんだ。9月20日、シリーズ最終戦の大阪府立体育会館大会。試合後に「みんな集まってくれ」と俺ら新弟子も控室に集められた。デビュー前の練習生はまだ〝お客さん〟ということで、本来なら試合が終わったら中には入ってはいけなかった。
話の中身は、新日本では前田(日明)さんらのUWFへの離脱でバタバタがあって反対勢力もいる。ここで新日本は長州さんたちと本隊が一致団結でやっていくということだった。「うわっ、すげえな。俺らもこういう歴史的な舞台の現場に立てた」と何だかうれしかったな。
それで翌日の帰京の際、新大阪駅でのことだ。ホームに維新軍の小林(邦昭)さんらがいた。それまで駅や空港など公共の場では敵対する維新軍の人たち、外国人選手と会った際、あいさつは一切しないっていう感じだったけど、これからはもう全員一丸だ。快くあいさつできるようになったので「お疲れさまでした!」と声をかけた。
小林さんなんかが「おおっ!」と笑顔で応じてくれたんだけど…維新軍がそのまま東京に帰り、向かったところはホテルの記者会見場。そこで発表したのが「新日離脱(※)」だ。俺は翌日に新聞を見て「ええ? あの人たちの笑顔とあいさつは何だったんだ?」。一致団結みたいなことをやってたのに…。「怖い世界だな」と思ったよ。今振り返ると面白いんだけど、現場にいる者にはものすごい迷惑だったな(笑い)。
※長州、谷津嘉章、アニマル浜口、寺西勇、小林が大塚直樹社長の新日プロ興行に移籍。ジャパンプロレスを旗揚げし全日本に主戦場を移す。













