漫才コンビ「中田カウス・ボタン」として活躍した中田ボタンさんが14日に死去していたことがわかった。享年78。19日に関係者が明らかにした。

 ボタンさんは1948年4月12日生まれ。1967年3月、中田カウスとともにお笑いコンビ・「中田カウス・ボタン」を結成し、上方漫才大賞を3回受賞するなど、長らく第一線で活躍した。

 2023年に吉本興業とのマネジメント契約を終了。24年に「肺がんステージ4」であることを公表していた。

 最後まで「がん」を笑いに変えた。ボタンさんは落語家・桂小文枝のユーチューブチャンネルにたびたび登場し、病状を報告。2024年に出演した際は「(休養の)3か月くらい前からしんどかった。吐血もしてた」とカミングアウト。病院でがん細胞をモニターで見た際に「真ん中にがん細胞あるやろ。(がん細胞が)散ってんねん。ひまわりみたいやねん。きれいやろ~。ゴッホかな、思って」と語り、笑わせた。

 一時は「余命1週間」と言われたそうだが、ハードな抗がん剤治療を耐え抜いた。ボタンさんは「オレが死んでみ。がんも死ぬやんか。がんを育てるために生きてんねんから。そう思ったらラクや」と達観。小文枝が「名前つけたらどうや? 〝がんのすけ〟かなんか」と話すと、ボタンは「そりゃ、先輩に居てる」と故芦屋雁之助さんに遠慮して却下。「がんたろう…、がんちゃんで」と笑いながら冗談を飛ばしていた。

若手時代の中田カウス(左)と中田ボタン
若手時代の中田カウス(左)と中田ボタン

 なお、葬儀・告別式はすでに執り行われたという。