昨年12月6日に54歳の若さで急逝した中山美穂さんの一周忌を迎え、故人をしのぶファンの集いが命日に美穂さんの〝育ての親〟の山中則男さんと関係者により都内で厳粛に開催された。

 山中さんは、原宿で1982年に美穂さんをスカウトして、売り出した。しかし順風満帆ではなかった。時代の先を行く眼力の強い美貌ゆえ、オーディションに落ちまくる下積み時代もあった。

 たまたま知人の業界関係者から山中さんが情報を得て、美穂さんにオーディションを受けさせた。選考に時間がかかり、手ごたえを感じたところ、合格の電話が来て歓喜したという。

 1985年1月、TBS系ドラマ「毎度おさわがせします」での俳優デビューが転機となった。それからスターの階段を美穂さんは駆け上がって行った。

 詳細は、山中さんの著書「中山美穂『C』からの物語」(青志社)に記されている。

 会では、山中さんと写真家・鯨井康雄氏が対談するコーナーもあった。

 1980年代前半に駆け出しカメラマンだった写真家の鯨井氏が、初めて撮影した大型新人アイドルが中山美穂さんだった。

 鯨井氏は「原宿の歩行者天国で竹の子族がはやっていた頃、雑誌の仕事で、美少女のスナップをライターと撮りに行きました。歩道橋から見下ろすと100メートル先に、スポットライトがかかったように輝いている美少女がいました。マフラーの巻き方もおしゃれで、洗練されていました。デビュー前に撮影してから何度も撮影させていただきましたが、どんなに有名になってもファンを大切にする心に、今日は改めて感動しました」と話した。