【女子ボートレーサー・インタビュー 本田愛(23=静岡)前編】

 ――レーサーを目指したきっかけは

 本田 小学校2年生くらいの時に、ボートレース浜名湖がある新居町に住んでいる親戚に連れて行ってもらって、そこで初めてレースを見ました。混合戦で1人だけ女子選手が走っていて、それを見て「かっこいいな」って思って目指すようになりました。女子が走ってるっていうのがグサッときました。

 ――父・哲也さんはモトクロスの元プロ選手。オートレーサーという道は

 本田 そもそもバイクにいい印象がなくて…。父親がバイクで転んで太ももの辺りをそぎ取られたり、何回もケガをしてきたっていうのを聞いていたので、もしオートレースを生で見ていたとしても選択肢にはならなかったと思います。レーサーになった今はたまに見に行くんですけど、カッコいいなとは思います。

 ――スポーツ経験は

 本田 いろいろやっていましたよ。基本はバレーです。でも、陸上をやったり、ダンスをやったり、ポートボールもやっていました。体を動かすのが大好きです。

 ――ボートレーサー養成所の試験は

 本田 3回目で合格しました。高校卒業してすぐに養成所に行きたかったので、高校3年の夏にレーシック手術をして10月に初めて試験を受けました。大学とか専門学校に進学することは全く考えていなかったです。合格するまで受けるつもりでした。

養成所の入所式では、誓いの言葉を述べた本田愛(右手前=2021年)
養成所の入所式では、誓いの言葉を述べた本田愛(右手前=2021年)

 ――試験に合格するまでは

 本田 ジムでアルバイトをしながら過ごしていました。仕事終わりにそこでトレーニングをして家に帰って勉強をしていました。2回目に不合格だった時に、心がボキッと折れちゃいましたね。次で最後にしようという勢いで受けました。勉強はあまりできない方だったので、運動を頑張ろうと思って試験を受けました。運動でカバーしていると思います。

 ――養成所の訓練は

 本田 高校の部活がめっちゃキツかったので、意外と「あれ?こんな感じなんだ」くらいでした。養成所は楽しかったです。最初、エンジンは訳が分からなかったけど、勉強するうちにパズルみたいになるのが面白かったです。

 ――実際にボートレーサーになってみて

 本田 最初はスピードが違いすぎて、どうしたら勝てるんだろうって思っていました。勝ちたいという気持ちが強すぎて最初の方にフライングを2本してしまいました。そのF休みで握る練習をして、握って勝とうと思うようになりました。そこで気持ちも切り替わって自分のレーススタイルが定まったと思います。

 ――初勝利は2023年7月28日、蒲郡オールレディース最終日1R。1周バックでは4番手も、握って回ってターンマークごとに着を上げ、3周1Mで逆転して勝利

 本田 自分でもなんであそこから1着になったんだろうというくらいのレースでした。1M回った後は「また4、5着か~」くらいの気持ちだったんですけど、全部、全速で回ってたら「あれ?なんか先頭にいる」みたいになってました。本当にうれしいし、ホッとしました。他の選手に「あそこから1着取れるんだ」って言ってもらいました。