「くらたま」こと漫画家の倉田真由美氏の夫で、末期のすい臓がんで死去した映画宣伝プロデューサーの叶井俊太郎さん(享年56)は、生前の取材で「死んでから書いてくれ」と〝遺言〟を残していた。芸能人の卵と浮き名を流し、愛妻からの500万円一括払いで〝延命治療〟に挑戦したことなど秘話を公開する。
叶井さんは2022年6月に医師からステージ3のすい臓がんで余命半年と宣告され、昨年10月にX(旧ツイッター)で「ガンは進行してていまはステージ4の末期ガンなんです」と公表した。あれから4か月。16日午後11時ごろ、都内の自宅で死去した。
根っからの映画好きで、映画業界歴は30年超。仕事人間だった。自身の末期がんをも〝ネタ〟にして、旧知の友人であるスタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫氏らと対談した自著「エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と、文化人15人の〝余命半年〟論」を発売。同著のインタビューが昨年10月、都内で行われた。
色男で女性にモテた。インタビューでは経験人数について「(かねて)600人と言ってるけど、それ以上いるかもしれないね。700~800人とか」とニヤリ。芸能人は含まれるかと聞くと「いたかもしれないし、いなかったかもしれない」などと意味深に話す。ここでハッとしたような表情に変わった。
「末期がんで死ぬ前に(SNSで)叩かれたくない。死んでから書いてくれ(苦笑)。追悼記事で『叶井俊太郎は生前、芸能人の卵と浮き名を流した』と」と告白。「30代の時」のお相手に「芸能人の卵」が複数いたと認めた。もちろん双方が「合意の上」という。かつての映画界でも、プロデューサーと芸能人が男女の関係になることは「あった」とうなずいた。
こう力説している最中に叶井さんのケータイが鳴った。「ゴメン。取材中」。電話を切ってサラっと言った。「(電話は)くらたまからだよ」。
42歳の時に倉田氏と結婚し、ずっとラブラブだった。闘病でも愛妻に支えられた。
がんの標準治療を選択せず、厚労省が認めていない免疫治療を受け続けた。この治療で分割払いは不可だったと言い「500万円」かかったと明かした。
「俺はそんなに(カネを)持ってない。あるわけないだろ。治療を始めて1年半。まだ生きてるからその効果はあったんじゃないかな」
映画マンとしては配給・宣伝会社を6社渡り歩いた。直近5年では「ロバマン」(20年)、「野良人間」(21年)、「タヌキ社長」(22年)、「突撃!隣のUFO」(23年)、「先生!口裂け女です!」(同)などトリッキーなB級映画の宣伝を担当。自身が携わった映画での損益は「3億~5億円くらい(マイナス)じゃないの。迷惑をかけた。そこは申し訳なく思う」と頭をかく。「どの作品も全力でやったけど、(ヒット作として)当てるのは難しい。カネ(興行収入)よりバズることを優先したから。カネも重要だよね」と苦笑いした。
最期まで妻を、映画を、愛した人だった。












