乃木坂46最後の1期生・秋元真夏(29)が26日、神奈川・横浜アリーナでの卒業コンサートをもって、約11年半在籍したグループから卒業した。
卒業スピーチでは、淡いピンク色のドレス姿で登場。秋元は「生まれ変わっても絶対に乃木坂になりたいし、乃木坂のキャプテンを務めたいです。そのくらい大好きな場所でした。11年間、本当にありがとうございました。乃木坂に入って、みんなに出会えて幸せでした!」と涙で感謝を伝えた。
2019年9月から今回後任の梅澤美波に引き継ぐまで、約3年半にわたって2代目キャプテンを務めた。中心メンバーとして活動したが、決して順調な道のりではなかった。
特に活動初期のこと。11年8月に1期生オーディションに合格直後、学業の都合で活動を休止。翌12年4月からレッスンには参加したものの、殻に閉じこもった秋元はメンバーに話しかけることができず、隅っこで踊る日々を送った。
そして、加入から1年2か月後に活動復帰。しかし、12年12月発売の4枚目シングル「制服のマネキン」で復帰即選抜入りしたことで、周囲からは反発を招いた。
グループの宿命ではあるが、代わりに別のメンバーが選抜落ち。秋元の公式ブログには「パフォーマンスを見てからじゃないと受け入れられない」などの声が寄せられ、自らの置かれた厳しい立場を痛感したという。
そんな秋元が、グループのために尽くそうと覚悟を決めた出来事は“露天風呂会議”だった。
活動復帰した際のMV撮影でのこと。当時、秋元は「ホテルに泊まった時にみんなで温泉に入って。露天風呂で『こういうことをやっていきたい』『乃木坂46をもっと知ってもらうにはどうしたらいいのか』と話し合ったんです。乃木坂46のメンバーになれた気がしました」と振り返っていた。
現在のように、コンサートで10万人を超えるようなファンを集めるよりずっと前のこと。デビューの際にはメンバーは泣きながら、全国各地で“ティッシュ配り”を行うなど、今では考えられない地道な活動で「乃木坂46」を売り込んでいた。秋元は文字通りメンバーと“裸の付き合い”で、そんな歩みを肌で感じ、グループ愛を吸収していった。
白熱の会議は気づけば1時間半以上がたち、みんなの顔が真っ赤に。加入前はアナウンサーへのあこがれを抱いていた秋元が“アイドル”になった瞬間だった――。












