2007年に公開した「松ヶ根乱射事件」の話。この映画の企画は、当初芥川龍之介の「偸盗」からスタートした原作物だった。1990年代から、いつかこの小説を映画化したいと考えていた。

 容姿も性格も似ていない双子の兄弟が主人公で、2人の存在を人間の二面性として描けないか、また、似た者同士の憎悪や親密さを重ねた物語として描けないかというのが、最初の企画意図だった。

 ただ原作通りの時代劇として、羅生門や京都の街並みを再現するには莫大な美術費がかかるので、現代ものに翻案して映画化することにした。

 シナリオライターの佐藤久美子さんにお願いし、「偸盗(仮題)」というタイトルでシナリオ開発が始まった。8か月かけて第6稿まで進めたところで、山下敦弘監督とシナリオライターの向井康介さんに声を掛け、更に3人で第12稿まで書き進めていった。このシナリオの作業に1年半かかった。

 山下監督と向井さんのコンビは「リンダリンダリンダ」を作った直後でヒットメーカーになっていたが、「偸盗」は2人のデビュー作「どんてん生活」、2作目の「ばかのハコ船」の流れを汲むテイストの作品にしたいと、思っていた。

 もうひとつの狙いは、映画倫理への挑戦ということを意識した。暴力とセックスの表現について、いわゆるR18などのアール指定が定められているのだが、どこまで映画表現として暴力やセックスを無化できるのかを、試みてみたかった。山下監督には、一切自己規制することなく、暴力と性を表現の問題として昇華させてほしいと注文を付けた。

 評価は観客に委ねるしかないが、映倫ではPG12(小学生には助言・指導が必要)の指定を受けた。「松ヶ根乱射事件」がR指定を回避できたことは、日本映画にとって大きな意味があると、今でも思っている。

 しかし、残念なことに今この作品を配信やDVDで見ることはできない。主演を務めた新井浩文さんの事件によって、自粛せざるを得なくなり、見れなくなっているのだ。

 私が製作してきた映画の中でも、山下監督作品としても、傑作だと思っている。これを機に映画館で上映できないか、改めて考えてみたい。撮影の現場もなかなか面白かったので、次回も「松ヶ根乱射事件」製作の話を続けたい。

 ☆やまがみ・てつじろう 1954年、熊本県生まれ。86年「シグロ」を設立、代表就任。以来80本以上の劇映画、ドキュメンタリー映画を製作・配給。「絵の中のぼくの村」(96年)でベルリン国際映画祭銀熊賞受賞をはじめ、国内外の映画賞を多数受賞。主な作品に石原さとみ映画デビュー作「わたしのグランパ」(2003年)、「老人と海」「ハッシュ!」「松ヶ根乱射事件」「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」「沖縄 うりずんの雨」「だれかの木琴」「明日をへぐる」など。最新作「親密な他人」が公開中。