「松ヶ根乱射事件」のロケ地選定にあたって最も重要だったのは、凍った湖上での撮影が可能な場所ということだった。制作部でリサーチしたが、日本の北へ行くのではなく、標高の高い場所の方が湖が凍るという情報で、東京からの距離も加味した結果、長野県の富士見町、原村の周辺で見つけた用水池で、真冬に撮影することにした。
しかし、この時点では、実際に凍った状態が確認できるわけではなく、地元の人の話を信じて決めるしかなかった。また、凍ったとしても人が多数乗っても耐えられる氷の厚さになるのか、誰も確信は持てなかった。今思っても、結構思い切った恐ろしい決断をしたものだ。
氷の上に乗って主に芝居をするのは、木村祐一さんと山中崇さん、そして川越美和さんだ。氷に穴を空けて、そこから山中さんが水中に潜り、沈んでいる金塊をとってくるという設定だった。潜水はもちろんスタントマンを使った吹替えだが、スタッフが凍った池に潜るのだから、撮影が無事に終わるまで一時も気が抜けなかった。
撮影が進むにつれて大人数のスタッフが氷の上で動き回り、ギシッ・ボコンという氷のきしむ音が聞こえた時は、まさに凍る思いだった。忘れられない想い出だ。
「松ヶ根乱射事件」のキャスティングは、理想的だったと思う。主演の双子役に新井浩文さん、山中崇さん、両親役が三浦友和さん、キムラ緑子さん、町にやってきた正体不明のワルに木村祐一さん、川越美和さん、その他にも烏丸せつこさん、安藤玉恵さんなど、隅々まで充実した配役が実現した。
とりわけ川越美和さんは印象的だった。木村祐一さんとの絶妙なコンビで、劇中の舞台である田舎町の松ヶ根町をかき乱す役だが、撮影中だけでなく、宿舎でもどこでも、配役の「みゆき」の存在を醸し出していて、そのおかしさは最高だった。劇映画ではキャスティングで演出のほとんどが決まるとよく言われるが、山下敦弘監督の本作のキャスティングは秀逸だった。
撮影の2年後、川越さんは35歳の若さで亡くなった。芸能界を引退した翌年のことだ。
撮影後もいろいろあった作品だが、今観ても古くならない力のある映画だと思う。「松ヶ根乱射事件」が、映画館で再上映できる日が来ることを心待ちにしている。
☆やまがみ・てつじろう 1954年、熊本県生まれ。86年「シグロ」を設立、代表就任。以来80本以上の劇映画、ドキュメンタリー映画を製作・配給。「絵の中のぼくの村」(96年)でベルリン国際映画祭銀熊賞受賞をはじめ、国内外の映画賞を多数受賞。主な作品に石原さとみ映画デビュー作「わたしのグランパ」(2003年)、「老人と海」「ハッシュ!」「松ヶ根乱射事件」「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」「沖縄 うりずんの雨」「だれかの木琴」「明日をへぐる」など。最新作「親密な他人」が公開中。












