今回は、「靖国 YASUKUNI」と「亡命」という全く視点の異なる2本のドキュメンタリー映画の製作について触れることにする。
「靖国」は、製作当時日本在住だった李纓(リ・イン)監督と張雲暉(ザン・ユンフィ)さん製作による2007年の作品だ。私は日本側の協力プロデューサーという立場だった。張さんの製作会社は、日本で登記された会社で、文部科学省所管の法人から製作助成金を受けていたのだが、それが問題になった。
発端は、上映に当たって「反日映画」という烙印を押され、映画館への暴力的な嫌がらせが続いていたことだった。マスコミに取り上げられ、国会でも「靖国」が問題になった。「中国人が作る反日的な映画に、なぜ日本が助成金を出すのか」というものだった。しかし今観ても、決して反日がテーマではなく、靖国神社の成り立ちと歴史を中心に、当時の日本社会の在りように焦点を当てたドキュメンタリー映画になっている。
「靖国」は東京渋谷の映画館を皮切りに各地で上映されたが、各映画館には抗議や脅しの電話などがあり、騒然とした雰囲気の中での上映となった。渋谷の上映初日には、上映を擁護する弁護士が20名ほど集まり、違法な妨害を阻止するための見守りをするという事態だった。こうしたネガティブな話題がかえって宣伝につながり、映画はヒットした。
この時は中国のマスコミも注目し、中国でも多くの関心が映画に集まった。当然だが、監督やプロデューサーを擁護する論調で、私の名前が中国の記事に載ることさえあった。
「靖国」の公開から3年後の2010年、私は「亡命」というドキュメンタリー映画を公開することになる。日本在住の翰光(カン・グァン)さんを監督に起用して製作した映画だ。
1960年代の文化大革命から、1989年6月4日の天安門事件の後までに、多くの中国人が世界各地に亡命を余儀なくされた。世界各地で亡命生活を続ける20名の人たちを訪ね、2年かけて撮影した。思想的・政治的理由から、命の危険を回避するために亡命した芸術家、作家、詩人、政治活動家たちだった。
この作品で、今度は中国政府からの厳しい監視を受けることを、覚悟しなければならなかった。中国にとっては、最も触れられたくないテーマだったからだ。次回も、「亡命」製作の話を続ける。
☆やまがみ・てつじろう 1954年、熊本県生まれ。86年「シグロ」を設立、代表就任。以来80本以上の劇映画、ドキュメンタリー映画を製作・配給。「絵の中のぼくの村」(96年)でベルリン国際映画祭銀熊賞受賞をはじめ、国内外の映画賞を多数受賞。主な作品に石原さとみ映画デビュー作「わたしのグランパ」(2003年)、「老人と海」「ハッシュ!」「松ヶ根乱射事件」「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」「沖縄 うりずんの雨」「だれかの木琴」「明日をへぐる」など。最新作「親密な他人」が公開中。












