「JAKUPA―芸術家の誕生―」は、パプアニューギニアで1992年に撮影した私の初めての監督作品だ。パプアニューギニアは1975年にオーストラリアの委任統治から脱し、独立を果たした国で、ジャクパは独立後の第1世代にあたるアーティストだ。

 ジャクパとの出会いは1枚の彼の絵に遡る。関口典子監督のドキュメンタリー映画「戦場の女たち(SENSO DAUGHTERS)」の製作を引き受けた時、撮影を担当していたニューギニア在住のカメラマン、クリス・オーウェンからジャクパの絵をプレゼントされた。

 1本の木に止まる鮮やかな鳥の絵で、よく見ると止まり木の先の葉っぱがプロペラになっていた。ジャクパが初めて上空を飛ぶ飛行機の音を聞いて描いた、想像の飛行機の絵という説明だった。

 パプアニューギニアは700部族700言語ともいわれ、元々文字を持たない人びとで、様々な事柄は語りの形で伝承されてきた。ジャクパの描く絵も、1枚1枚に全て物語が付いているのだと、クリスから聞かされた。彼は英国の出身だが、当時すでに20年近くニューギニアに住んでいて、首都のポートモレスビーで映画や映像の制作をしていた。

 その1枚の絵との出会いから、すぐにジャクパに会いに行くことを決めた。当時、JICAの海外協力隊としてニューギニアに住んでいた伊藤明徳さんに通訳をお願いし、ジャクパのもとを訪ねた。
 彼はニューギニア大学の校内にある学生寮に住み、絵を描いていた。ハイランド地方の州都ゴロカから、奥さんのイゴパが時々会いに来て、大学の敷地に畑を作り、そこで育てた野菜を市場に売りに行っては、生活費を稼ぐという暮らしぶりだった。

 ニューギニアでは、まだ芸術家という存在が認知されておらず、絵が売れることもほとんどなかった。海外からの観光客が時折お土産用に安い値段で買っていくと聞かされた。そうした厳しい生活環境の中で、ジャクパは孤独に絵を描き続けていた。

 ジャクパの絵を、まず日本で紹介できないか。そして絵の価値が定まるまで、彼の絵が散逸することを防ぎたいと思った。ニューギニアのプリミティブな文化を継承しながら、国としての独立を機に、新たに生まれているアートが融合する過程の作品を、保存しておきたかったからだ。

 同時に、ジャクパの存在を通して、ニューギニアの新しい芸術がどのように誕生していくのか、その原初の姿をドキュメンタリー映画にできないかと考え、製作を決めた。

 ☆やまがみ・てつじろう 1954年、熊本県生まれ。86年「シグロ」を設立、代表就任。以来80本以上の劇映画、ドキュメンタリー映画を製作・配給。「絵の中のぼくの村」(96年)でベルリン国際映画祭銀熊賞受賞をはじめ、国内外の映画賞を多数受賞。主な作品に石原さとみ映画デビュー作「わたしのグランパ」(2003年)、「老人と海」「ハッシュ!」「松ヶ根乱射事件」「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」「沖縄 うりずんの雨」「だれかの木琴」「明日をへぐる」など。最新作「親密な他人」が公開中。