【今週の秘蔵フォト】ニューヨーク生まれの帰国子女で、母方の祖父は歌舞伎役者の坂東三津五郎。梨園の大御所の血筋を引く最高級の「良家の子女」の見本のような存在が、女優の池上季実子だ。1974年のデビューから数々の映画やドラマに出演して、その後名女優となったが、デビューした同年9月12日付本紙に、初めてインタビュー記事で登場している。

 当時、玉川学園高等部1年の15歳。同年3月にNHKのスタジオを見学に訪れたところ「君、ちょっとカメラの前に立ってみなさい」と声をかけられて、モニターに映ったというが「あっ、私テレビに映っている!」と無邪気に率直な感想しかなかったと明かす。しかしダイヤモンドの原石の光は、この時点で見抜かれていたのだろう。

 同年4月にNHK「まぼろしのペンフレンド」でデビューすると、銀河ドラマ出演など仕事が次々と舞い込み、同年7月に大ヒットした梶原一騎原作の劇画を映画化した「愛と誠」のテレビ版(10月から東京12チャンネル=現・テレビ東京でスタート)のヒロイン早乙女愛役に抜てきされた。わずか半年であっという間にスターダムにのし上がった早さは、シンデレラどころの話ではない。

 仕事の話になるとプレッシャーがまだあったのか、それまでの笑顔は消えて「京都なまりが出てしまって…。役割をどう演じていくかってよく聞かれるけど、まだ素人だから分からないの。お芝居? うーん…つらいけど楽しい」と話すのがやっとだったようだ。

 それでも映画版の「愛と誠」に話が及ぶと「見てません。見るなら私の『愛と誠』が終わってからにします。あの人(映画『愛と誠』のヒロインを演じた早乙女愛=役名と芸名が同名だった)には、あの人の芝居があったんだし、私には私の芝居がありますから」とキッパリ言い切った。とても15歳の少女の言葉とは思えない。体内に脈々と息づく梨園のプライドだったのだろうか。

 結局、テレビ版「愛と誠」はシリーズ化された映画版同様に大ヒット。その後、年齢を重ねるごとに演技に妖艶さを増した池上は、デビューからちょうど10年後の84年に五社英雄監督の『陽暉楼』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を獲得。女優として頂点を極めた。