【東スポ音楽館】戦後の歌謡史を支えた作曲家・船村徹氏の最後の内弟子で演歌歌手の村木弾が1月にリリースしたシングルが「友情の星」(作詞・いではく/作曲・蔦将包)だ。約20年の時を経て世に送り出された作品だという。

 ――どんな作品ですか

 村木「いではく先生が、船村先生と盟友だった高野公男先生との友情をモデルに書き下ろした作品です。20年ほど前、いではく先生が歌詞を書き、船村先生に曲を、と預けていたのですが、作曲できずに亡くなってしまい、詞だけが残っていたんです。それを最近、船村先生の奥さまが見つけて、良い詞だからと曲をつけようとなったんです」

 ――出来上がった作品を最初に聴いた印象は

 村木「船村先生から高野先生の話をいろいろ聞いていましたので、歌詞を見た瞬間に2人の友情はこうだなと感じました。作曲が船村先生の長男の蔦先生ですが、先生のDNAというか“船村メロディー”を継承されていて、船村先生が作ったんじゃないかと思うくらいでした」

 ――ファンの反応は

 村木「歌う前に曲の説明をするんです。『大事な方が自分より先に旅立ち、残された自分はその人を思いながらも前に進まないといけない。歌詞の中に、せめて七夕の時にでも飲んでいるお酒の中に降りてこい、というくだりがあるのですが、そういう時に亡くなった人を偲(しの)ぶ歌なんです』と。歌を聴いてくださると、涙を流してくれたり、ものすごく気持ちがわかりますと言ってくれたりします」

 ――船村先生の教えで心に残っていることは

 村木「とにかく詞をはっきり伝えること。それと人に感謝するということですね。歌い手はいろんな人の力を借りて、ステージに立っているのだから、お客さまはもちろん、スタッフの方に感謝を忘れちゃいけないということは、今でも心に残っています」

 ――ここ数年のコロナ禍で新たに始めたことは

 村木「ギターですね。4年ほど前に買ったんですが、全然、やらなくて。コロナで時間ができたので、練習を始めたんです。先日もコンサートで弾き語りを披露しました」
 ――いかがでした

 村木「う~ん…点数で言えば65点くらいかな。自分の部屋で弾いているときはイケるかなって思うんですが、実際に大勢の前でやるとちょっと。ファンの方には、ライブのたびにギターの弾き語りをしていきますが、徐々にうまくなっていくと思うので、温かい目で見てくださいということは言っておきました。8月5日には日光にある船村先生の記念館でコンサートを予定してますので、ぜひ足をお運びください」