昨年12月9日に虚血性心不全のため87歳で亡くなった作曲家の鈴木淳さんを偲ぶ会が17日、都内で行われ、歌手の八代亜紀、俳優の水谷豊ら350人が参列した。

 伊東ゆかりの「小指の想い出」、小川知子「初恋のひと」、八代の「なみだ恋」、ちあきなおみ「四つのお願い」などを手掛け、昭和の歌謡界を支えた鈴木さん。祭壇にはバラやダリア、カスミ草など約3000本の花が飾られ、2005年に旭日小綬章を受章したとき、「感謝の集い」で撮影された遺影が飾られた。

 登壇した八代は「私の出世作となりました」と「なみだ恋」を熱唱。「50年前に始めて両家族で旅行に行ったことを鮮明に覚えています」と話し、「八代亜紀の海の親です。これからの天国で見守ってください。死ぬまで八代亜紀、頑張ります」とあいさつした。

 また、鈴木さんから歌のレッスンを受けていたという水谷。芸能プロのマネジャーから「歌もやった方がいい」と「先生を紹介されたのがちょうど50年前のいまごろ。そのころ19歳で俳優はやっていたけどフラフラしていたころでした」という。「会うといつも包まれるような方でした」と思い出を語った。

 喪主あいさつに立った妻で作詞家の悠木圭子氏は「亡くなってからいくらお願いしても、夢に出てきてくれなかったのが、10日くらい前から夢に出てきて、みなさんとゴルフをする夢を見るようになった。鈴木も今日を待ち望んでいたいたのだと思う」と話した。