不倫をテーマに官能的な性描写が話題のフランス映画「シンプルな情熱」(公開中)の女性監督のダニエル・アービット氏が本紙のインタビューに応じた。日本の芸能界ではアンジャッシュ渡部建や俳優の東出昌大が社会的な制裁を受けるなど不倫に対して厳しい目が向けられている。一方で、文学では渡辺淳一氏の「失楽園」のように不倫をテーマにした名作も多い。“フランス版失楽園”は今の日本ではどう受け入れられるのだろうか。

 原作はノーベル文学賞候補にも挙がるフランス人女性作家アニー・エルノー氏が自身の性愛体験をつづったベストセラー小説。1991年に出版された30年以上も前の作品をなぜ今、映画化したのか。

 アービット監督は「ピュアなラブストーリーを映画化したいと思った。女性と男性が出会って愛し合ってセックスをして、そして男性が1年後にいなくなってしまう。このラブストーリーはとてもシンプルで誰にでも起こること。それぐらい普遍的なテーマです」。

 既婚男性役を演じたのは全身にタトゥーをまとう異端のダンサーで俳優のセルゲイ・ポールニン。主演女優のレティシア・ドッシュと情熱的なセックスシーンを演じた。不倫という許されない関係の中で求め合う2人が官能的に描かれている。

「不倫というのは最初は肉体関係がメインの恋愛関係です。そして一緒にずっといられない欠乏感、欲求不満。会えないということがよりパッションを高める。そういうロジックがあります。自分のそばにいないということが、パッションを高める」。アービット監督が脚本段階から正確に描写し、官能的な映像で感情を表現した。

 不倫をテーマとしたセクシュアルな映画。批判を覚悟していたアービット監督だが「今のところ攻撃の対象にはなっていません。サン・セバスティアン映画祭では、アメリカ紙が非常に好評な記事を書いてくれてアメリカの配給もすぐに決まりました。『非常にフェミニスト的な作品』という評価をいただいています。パリでプレミア上映をやった時は男性にすごく好評でした。イギリスのプレスにも非常に好評です」と言う。しかし「日本はひょっとしたら攻撃されるかもしれません」と話した。

 ここ数年、日本では不倫に対して非常に厳しい目が向けられている。アンジャッシュ渡部は謹慎して1年が経過するが復帰できていない。そんな日本の状況はアービット監督の目にはどう映っているのだろうか。「フランスの場合は不倫って個人の話で終わる。社会がジャッジすることじゃないという考え方があるんです。『あなたたちで勝手に解決してね』って冷めたところがあると思います」と日本との違いを説明。続けて「不倫をしたら離婚します。政治家だけは体面を保つために、愛人がいても離婚しません。日本はおそらく愛し合わなくなっても、他人を好きになってもカップルとして配偶者としてとどまるということはちょっと義務化している。そうせざるを得ない感情がフランスよりもあるんじゃないでしょうか」と分析する。

 コンプライアンスが映画製作に影響を与える可能性について「これが私のオリジナル脚本だったら映画にできてなかったかもしれません」と話した。「でも、やってはいけない。ちょっとした秘め事に挑戦しないとアートとは言えませんよね」と持論を展開。不倫は肯定されるものではないが、文学や映画製作でもタブーとなれば表現の損失につながるかもしれない。

 アービット監督は「見る人が共感するところがあると思ってくれたら、うれしい。おそらくその人は今恋をしているか、情熱的な恋をしたことがある人かもしれない。あるいは情熱的な恋に落ちたいと思っている人は共感してくれるのかもしれません」と話した。

 ☆ダニエル・アービット 1970年4月26日レバノン、ベイルート生まれ。87年レバノン内戦のころに17歳で仏パリに。文学やジャーナリズムを学び97年から映画製作を始める。2016年「わたしはパリジェンヌ」がトロント国際映画祭に出品され、リュミエールアカデミー賞を受賞。長編劇映画4作目となる「シンプルな情熱」はカンヌ国際映画祭のカンヌ・レーベルに選ばれ、サン・セバスティアン映画祭コンペティション部門に出品された。