志村さんヒゲダンスはヒップホップ 知られていない良曲を世に出す名DJ

2020年04月19日 11時01分

惜しまれながら亡くなった志村けんさん

 志村さんは“DJ・SHIMUKEN(シムケン)”だった!? 新型コロナウイルス感染による肺炎で3月29日に死去した志村けんさん(享年70)は、数々のギャグやコントをお茶の間に送り出したことで知られるが、中でも「ヒゲダンス」に夢中になった人も多いだろう。ユニークさが際立つヒゲダンスだが、ラジオDJのジョー横溝氏(51)は「実は音楽的にすごくとがった作品。あれはまさにヒップホップの走りですよ」と断言。志村さんの音楽的センスについて解説した――。

 ヒゲダンスといえば、志村さんと加藤茶(77)が、付けヒゲと黒のえんび服姿で登場し、無言で行う、大道芸を取り入れたコントのこと。大人気番組「8時だョ!全員集合」(TBS系、1969~85年、途中中断含む)で79年、後半のコントのコーナーで披露されると、日本全国を大爆笑させ、一大ブームを巻き起こした。

 印象的なのは、あの「テッテッテテ、ッテテ、ッテテ、ッテテ~♪」というベース音のBGM。単なるお笑い音楽ではなく、オシャレなにおいを醸し出している。80年には「『ヒゲ』のテーマ」としてシングルになり発売された。この音楽に合わせて志村さんと加藤が、両手を上下させながらステップを踏むダンスは、当時の子供はみんなマネしたものだ。

 実はこのBGMはもともと、70年代に一世を風靡した、米フィラデルフィア出身のソウル歌手、テディー・ペンダーグラスの作品「DO ME」のベースラインが元ネタになっている。

 ジョー氏は「志村さんの手法は、まさにヒップホップでいう『サンプリング』にほかなりません」と指摘する。

 サンプリングとは、既に発表されている曲の一部を引用するなどして、新たな作品を作り出すこと。作り出したものが駄作だと「パクリ」と批判されることもあるが、クオリティーの高いものを生み出せば価値を認められ、楽曲使用料を支払うなど契約問題をクリアして世に出される。

「70年代にアメリカで誕生したヒップホップではメジャーな手法ですが、あのヒゲダンスが流行した79~80年に、日本でヒップホップを知ってた人は極めて少ないはず。それを志村さんは、やっていたんですからね。日本の音楽界の歴史からみても、本当にすごいことだと思いますよ」

 しかも選んだ曲が「DO ME」というのも、かなりセンスがあるという。

「テディーの『DO ME』はかなりセクシーでいい曲ですが、実はシングルカットされていない曲。サードアルバムの中の一曲でした。例えば全米を席巻した、誰もが知ってるヒット曲ならまだしも、アルバムに収録されているだけの曲からあの曲をチョイスするのは、相当音楽が好きな証拠ですよ」とジョー氏は指摘する。

 志村さんは「世の中に知られていない良曲を探して世間に届けるDJ」だったわけだ。

 DJは、異なる楽曲を組み合わせる「MIX(ミックス)」も行うが、ジョー氏は「あのベースラインにお笑いの要素をミックスするという考え方がすごすぎませんか? しかもヒゲダンスはそういう裏側を一切見せずに、表に見える部分はお笑いに徹している。いまの日本のヒップホップアーティストも確実に影響を受けていると思いますよ」と、志村さんのすごさを力説した。

 志村さんが所属したザ・ドリフターズといえば、お笑いはもちろんだが、ミュージシャンとしての評価も高かった。66年6月30日、東京・日本武道館で行われたビートルズの日本公演で前座を務めたことはあまりにも有名だ。

 そのお笑いのベースには音楽があったドリフ。面白いと思えば、お笑いだろうが音楽だろうがすべてを貪欲にのみ込む志村さんは、本物のアーティストだったと言えるだろう。