ポール・マッカートニーは、ビートルズ解散後の1970年代の人生とキャリアを描いた新作ドキュメンタリー映画「マン・オン・ザ・ラン」(ポール・マッカートニー:逃亡者)の特別上映後、バンドの解散を解雇に例え、当時の崩壊した精神状態について語った。米誌バラエティが30日までに報じた。

 ポールは「ビートルズ解散後、何をすればいいのか、という問題だったんだ。ほら、ビートルズが解散したら、それまで唯一の仕事だったものがなくなる。まるでクビになったようなものだよ」と告白した。

 さらには「精神的に崩壊した。つまり、僕は酒を飲み始めたんだ。スコットランドに一人でいて、新しい小さな家族と暮らしていた。飲み過ぎたって誰も僕を叱ってくれなかったし…最初はすごく楽しかったんだけど、そうじゃなくなったんだ」と、ビートルズ解散後の苦悩について明かした。

 ポールは、最終的に家族への愛情が自分をその状態から救い出したと語った。亡くなった妻のリンダ・マッカートニーは「とても賢い女性」で、ポールが人生を立て直す準備ができるまで、彼の放蕩な時期を見守ってくれたのという。

「グループの一員として常に一体感を持っていたので、1人になるのはとても怖かった」とポールは回想した。

 その自由奔放な感覚が彼をウイングスの結成へと駆り立て、さらにその直前にはリンダとのデュオ活動を開始させた。ポールは後者において独自の音楽性を見出し、特に1971年の傑作アルバム「ラム」ではその才能を発揮したが、リリース時には厳しい批評にさらされた。

「僕たちは何か特別なものを作り上げたと思っていたのに、批評家たちはそう思わなかった。でも批評家は批評するものだし、僕も批判された」。

 さらにポールは「最悪なのは、僕がそれを真に受けてしまったことだ。批評家の意見に耳を傾けて、『うーん、もしかしたら彼らの言う通りかもしれない。分からないけど』という感じで、何年もこのアルバムはあまり良い出来ではないと思い込んでいたんだ」と語っている。

 このアルバムに対する最も厳しい意見を述べた1人は、ポールの盟友だったのジョン・レノンだった。「分からないけど、彼は僕にもっと期待していたのかもしれない。僕に何か違うものを期待していたのに、僕はそれをやらなかったんだ」とポールはジョンの声を改めて回想していた。