怪談家の稲川淳二(77)が6日、生情報番組「5時に夢中!」(TOKYO MX)にゲスト出演。若い頃のモテ自慢をした。
東京・恵比寿出身で中目黒育ちと〝シティボーイ〟だった稲川。怪談を人前で初めてやったのは、小学1年生の時だという。
通っていた小学校には、戦後でまだ体育館がなかった。雨が降ると体育の授業は中止で、先生が「さぁどうしよう。何かやることあるか?」と聞くと、同級生たちは「稲川君、稲川君!」とリクエスト。稲川は教室の前方へ行き、怪談を披露したという。
「でねぇ、私、自分で言うのちょっとおこがましいんですが、絵が得意だったんですよ。絵が得意で怪談ができるとねぇ、モテるんですよこれ。私、小学校1年の時にはねぇ、クラスの女をブイブイ言わせてましたよ。(中略)ホントに女で不自由しなかった」
20代後半の1976年、ニッポン放送の深夜番組「オールナイトニッポン」でラジオパーソナリティとしてデビュー。深夜3時から明け方までの「第2部」担当で、稲川の怪談は大反響だったそう。
当時のモテっぷりについて「そこではブイブイでもなかったけど、まあまあでしたね」とのことだが、稲川は「あの局で幽霊見たんですよ」と告白。
有楽町にあるニッポン放送は当時、戦前建てられたビルに増築を施して入居していた。現在はもう新社屋だが、その頃は「通っちゃいけない階」があり、「5階は絶対、裏階段から回って表行く時に、あの道通っちゃいけないってあったんですよ」。
そうとも知らない若き稲川は、天窓から覗く女性の幽霊に「私、〝あいさつ〟したの」。同局OBの番組MC・垣花正も「旧有楽町(本社ビル)、いろんな噂がありましたね」と話していた。












