不老長寿――。この言葉がピッタリと当てはまるレジェンドがオートレース界に存在する。篠崎実(75=川口)は4月に飯塚オートで行われた最高峰グレードのSG競走である「第43回オールスター・オートレース」でSG最年長勝利記録を更新。
5月に浜松オートのGⅠ「開場68周年記念ゴールデンレース」で優勝戦に駒を進め最年長GⅠ優出記録を大幅に塗り替えた。“弾丸ミッキー”の愛称を持ち、負けず嫌いがモットー。そんなオートレース界の“鉄人レジェンド”を直撃し「若さの秘密」を解き明かす。
――75歳でGI優出
篠崎 選手冥利に尽きるよ。この年齢でGⅠに出れる人もあまりいないんだから…。それに出場している選手みんなが優勝戦に走れるわけじゃない。走りたくても走れない。ただ、みんな勝ちにきている。負けにきているわけじゃない。その中で結果を出して期待に応えられている。最高だよ。だけど、優勝戦はさすがにみんな速かった。でも50年以上、選手をやってても最終日の12R(優勝戦)を走れることはうれしい。オレらはプロ。優勝すればお金が、たくさんもらえる。プロはお金を稼ぐためにやっているからね。やっぱり優勝戦を走れるのはうれしい。
――優勝戦に臨む心境は
篠崎 緊張感は普通のレースを走る時もあるけど、優勝戦はまた違ったものがあるね。それが刺激だね。ドキドキする。あれは何とも言えない。選手をやめられない。
――優勝戦の出場選手紹介でも声援が大きかった
篠崎 うれしいね。同世代の励みになればいい。頑張ってもらいたいし「ミッキーができるんだったら自分らも頑張れるんじゃないか」と思ってもらえればいいよね。オートレースだけではなく、いろいろな職業の同世代が頑張ろうと思ってくれればオレの役目は果たせたかなと思うし、うれしいよ。
――マシンの良化も優出できた要因では
篠崎 そうだね。実は10年くらい「跳ね(=レース中の安心の不正振動のこと。ドドドともいう)」で調子が良くなかった。だから、対策のためのタイヤ選択も難しかった。万全な状態で臨みたかったけど、なかなかできなかった。でも今は相馬康夫、早津康介、稲川聖也とかと相談してエンジンの整備や調整をやりだしてエンジンが良くなって、跳ねもなくなってきた。
――調整する時間も増えた
篠崎 エンジンも正直あまり分からない部分が多いからね。今は相談している。心配してくれる人がいるのがありがたい。開催の前検日にマフラーも取りつけないで、すぐ宿舎の自分の部屋に上がる者もいるけど、そういうのは成績が良くないし、そういうヤツには負けたくないからね。だから調整に取り組む。
――通算優勝回数は117回
篠崎 たまたまかな。今みたいに、みんなが強くなかった。俺らの時代の平均値は今より低かったからね。
――GⅠで優出した時は鈴木圭一郎にも相談していた。鈴木は現在のオートレース界のトップレーサーとはいえ46歳も年下
篠崎 プライドなんてないからね。勝つためには若手のいいところは吸収しようというのもある。それに仲間、友達よ。圭一郎とは出身地が近いからね。オレは足立区出身で、あいつは高校も足立区に行ってた。だから彼が入ったころから話はしていたよ。彼は整備を知っているし、嫌な顔しないで付き合ってくれるよ。
――このGⅠ優出以降、ハンデが重くなって強い選手の10メートル前の位置になった
篠崎 気分いいよ。後ろに引っ張られることは名誉だよ。オートレースのハンデは強い選手ほど後ろに行くし、強い証拠。エンジンが合わないと前を抜けないけど、合えば許さないよ。オレより前にいる若いヤツは嫌だと思うよ。ジジイが後ろにいるんだから。
――若手選手にも引けを取らない元気の秘訣は
篠崎 75歳だけど腰が痛くなることもない。運動もしてないけど、もともと体が丈夫なんだろうね。用もなく歩くのは人間くらいだよ。動物は狩りの時にしか動かないだろ。無駄な能力は使わない(笑い)。落車はたまにするけど、うまく守られているというか、ケガがない。運がいいね。ケガしないというのが長くできる秘訣かな。
――気持ちも若い
篠崎 自分で言うのも何だけど、自分をかき立てる、盛り上げるのがうまいんだよ。デビュー最短V記録を作った新人の浅倉樹良君を見てかわいいなと思ったんだよ。オレもかわいいじいちゃんになろうと思って(笑い)。樹良君に聞いて同じ眼鏡を買おうと眼鏡の品番まで教えてもらった。行った店に同じのがなかったけど、似たものを買った。自分が満足しているし、こういうことも意欲につながるよ。それに、20歳と同じ舞台で戦えることはうれしいよ。こんなこと他の世界じゃ、なかなかないからね。













