演歌歌手の小金沢昇司(こがねざわ・しょうじ)さんが11日午前2時30分、呼吸不全のため神奈川県の医療機関で死去した。65歳だった。所属レコード会社が発表。告別式は近親者で行った。北島三郎の愛弟子で「北島ファミリー」としても活躍。晩年は体調不良で入退院を繰り返していたが、復帰を諦めることはなかったという。そんな〝歌手の小金沢くん〟の追悼秘話をお届けする――。
「若いころの無理や長年の不摂生もあって、2020年ごろに一気に体調を崩したようです。誤嚥性肺炎などを患うこともあり、入退院を繰り返す日々を送っていました。最後は姉や子供たちにみとられて旅立ちました」
そう明かすのは芸能プロ関係者だ。
北島の付き人を4年間務め、1988年に「おまえさがして」でデビュー。92年、喉の炎症に効くスプレーのテレビCMで知られるようになった。「俺の夕焼け」が日本作詩大賞優秀作品賞、「ありがとう…感謝」で日本作曲家協会音楽祭ロングヒット賞を受賞した。
実家は神奈川県内のラーメン店で、本人も調理師免許を持っている。小さいころからボクシングと柔道を習い、高校入学前にはその腕っぷしの強さは地元でも評判だった。
高校入学後、配達の手伝いをするため、バイクの免許も取得したが、暴走族関係者の知り合いも多かったことから「あっちこっちの〝集会〟に顔を出すようになった」とは本人談。警察にやっかいになることも多く「神奈川県で行ってない警察はほとんどない」というほどの〝武勇伝〟も持つ。
小金沢さんといえば、前述した口腔用ヨード剤「フィニッシュコーワ」のテレビCMを抜きにしては語れない。渡辺篤史によるナレーションで「歌手の小金沢くんが使っているのはフィニッシュコーワ」のフレーズが流れると「小金沢君って誰?」と話題になり、一気にブレーク。この年の「日本新語・流行語大賞」の大衆語部門で「歌手の小金沢クン」が銀賞を受賞した。バラエティー番組に引っ張りだことなり、どこに行っても黄色い声援が飛んだ。
だが、当時の小金沢さんはこのブームを「いつか終わると思っていた」と冷静な目で見ていた。また、CM効果もあってCDが20万枚近く売れたものの、インタビューでは「CMに負けちゃった感じはする」と複雑な思いも口にしていた。顔と名前は知られていても、歌手としては支持されていないのではないかというジレンマを抱えていたようだ。
それでもCMをきっかけに曲をヒットさせられればと、日々研さんを怠らなかったという。
ある音楽関係者の話。
「本人は演歌だけでなく、キャロルが好きだし、ロックも聴く。演歌も新しくならなければいけないんじゃないかと、新しい歌への挑戦も考えていました」
2014年には師匠・北島のもとから「のれん分け」という形で独立したが、20年11月に飲酒して車を運転したとして、道交法違反(酒気帯び)の疑いで逮捕された(不起訴処分)。これで芸能活動を自粛することになった上に、コロナの影響も相まって21年には自身の芸能事務所が破産。晩年は明るい話題に欠いたが、前出の芸能プロ関係者はこう振り返る。
「体調が良いときはカラオケで自分の曲を歌うなど練習していた。歌手として復帰する気持ちを持ち続けていました」
結局、人前で歌うことはかなわなかったが、歌への情熱は最後まで持ち続けていた。









