フジテレビ系「北の国から」で知られる脚本家の倉本聰(本名山谷馨=やまや・かおる)さんが18日に多臓器不全のため死去していたことが28日、明らかになった。91歳だった。〝シナリオ文学の巨匠〟は創作活動で自他に厳しく向き合った。「北の国から」では〝続編〟も視野にあったという。プライベートでは酒とたばこをこよなく愛した。
倉本さんが理事長を務める倉本財団の公式サイトはこの日、声明を発表した。「9月18日(金)夕刻、多臓器不全のため自宅にて永眠いたしました」と報告。葬儀は家族の意向で近親者で執り行った。倉本さんの「遺志」として11月3日、北海道・富良野市の劇場「富良野演劇工場」でお別れの会を開催する。財団関係者は「ご家族に見守られる中、スーッと息を引き取った」と話した。
8月9日、同劇場で行われた「北の国から」放送開始45周年コンサートにサプライズで登場したばかりだった。同作で俳優の故・田中邦衛(享年88)さんが演じた主人公の黒板五郎の「遺言」を自ら読み上げ、観客やスタッフを涙させた。
同作のキャストとの交流は続いていた。五郎の長男の黒板純を演じた俳優の吉岡秀隆(56)が自宅に遊びに来ることもあったという。
1935年正月生まれ、東京都出身。東京大を卒業後、59年にニッポン放送に入社し、4年後にフリーの脚本家として独立した。
77年に富良野市に移り住み、81年に放送開始された「北の国から」がヒット。ほかにも2005年のフジ系「優しい時間」など、話題作を多数生み出した。00年に紫綬褒章、10年には旭日小綬章をそれぞれ受章した。
晩年でも創作への意欲は燃え上がるばかりだった。点描画では「木には〝履歴〟がある」と評し、森や木をモチーフに描くことを好んだ。
フラついて遊びに行くことはない。仕事に没頭した。脚本の執筆や演技プラン、次作の構想など、クリエーティブなことを考え続けた。前出関係者の話。
「『創作には完成がないから』と言い、舞台の本番が終わってもキャストにダメ出しするんです。それだけでなく、自分の脚本も書き直していました。それは千秋楽が終わってもありましたね。とにかく〝作り続けていく〟。自分にも自分以外にも、厳しくてストイックな人でした」
「北の国から」では〝続編〟を考えていたという。
「映像になっていないだけで、構想はありました」(前出関係者)
酒とたばこをこよなく愛した。前出関係者は「特に好きだった酒はジャックダニエル。仕事終わりにロックで4杯、必ず飲むのが習慣でした。たばこは呼吸器系が苦しくなり1年前にやめましたが、それまで1日80本吸っていました。銘柄はラークマイルドでした」と明かす。その上で「常にクリエーティブな方だった。生き方そのものがカッコよかった」と語り、思いを馳せた。
芸能界からは巨匠の死をしのぶ声が寄せられた。吉岡、「北の国から」の主題歌「北の国から~遥かなる大地より~」を手掛けたシンガー・ソングライターのさだまさし(74)、倉本さんが36年ぶりに映画脚本を担当した24年の映画「海の沈黙」で主演した俳優の本木雅弘(60)らが追悼コメントを発表した。
天国でも執筆を続けるに違いない。












