【新宿ゴールデン街交友録 裏50年史】小さな店でも豪華メンバーが集った名物ママ〝葬儀の宴〟

2021年10月10日 10時00分

91年、前田孝子ママの葬儀。前列左から勝目梓、中山あい子、山口瞳、私。後列左から2人目は都はるみ
91年、前田孝子ママの葬儀。前列左から勝目梓、中山あい子、山口瞳、私。後列左から2人目は都はるみ

 新宿ゴールデン街は2度の消滅の危機を乗り越え、今は3度目の危機に直面している。
「コロナ禍」だ。290軒ほどある店舗のほとんどのお店が休業状態。いつ正常運転に戻るのか…。鈍ってしまった身体を酒場ムードに戻すのがひと苦労なのと、お客さんが戻るのかが心配だ。

 そして、今亡くなっても家族葬とか極々身内のみのお見送り…盛大なお葬式も出せないご時世に、人と人との繋がりが薄れてしまうお付き合いのありようが寂しい限りだ。

 このゴールデン街のわずか4坪程の小さなお店のママが亡くなり、社会現象としてニュースに取り上げられた時代もあったなんて信じられますか?

 前にも書いたが1991年、「まえだ」の元女優・前田孝子ママが亡くなった時は、葬儀委員長・勝目梓(作家、2020年没、享年87)、参列者=田中小実昌、中上健次、都はるみ、中山あい子、山口瞳、原田芳雄、嵐山光三郎、弔辞を読み上げた長部日出雄など。私もその弔辞をゴールデン街代表(かな?)で読ませてもらった。「昨夜はただ飲むのは忍びなく大騒ぎをしてしまいました」と謝った。

 というのは、その告別式が下谷の法昌寺(短歌作家・福島泰樹住職)で行われたのだが、その通夜の席が馬鹿騒ぎの一夜だったからだ。野坂昭如(15年没、享年85)が酔いに任せ、寺の大きな襖に口紅で落書きし(後の修繕が大変だったらしい)、唐十郎が歌い、三上寛も続く。裸になる豪傑も。通夜なのにあんな豪華?な宴会はもう二度と見られないだろうな。

 いい大人が一人の女性の死を我が母が亡くなったかのごとく悲しみ、大酒を喰らった宴だったのだ。その司会段取りを仕切っていた私も怖いもの知らずの44歳だった。

「小茶(こちゃ)のおばちゃんを偲ぶ会」も一風変わっていた。以前書いた酒場「小茶」のおばちゃんこと青柳フジさんが亡くなったのは1996年12月25日。その偲ぶ会は年が明けて2月14日バレンタインの夜、「テアトル新宿」の映画館を借り切って酒場「小茶」に早変わり。樽酒開けての大宴会だった。団鬼六(11年没、享年80)の挨拶から始まり、高橋恵子、若松孝二、崔洋一、田中小実昌…。私はここでも司会を務めさせてもらった。

 といっても、無礼講の宴…。朝5時、小茶の閉店時間に合わせお開きとなった。参列者400人余。記念の名入りのスタッフジャンパーは今でも持っている。おばちゃん、ありがとうね! 

☆外波山文明(とばやま・ぶんめい)1947年1月11日生まれ。役者として演劇、テレビ、映画、CMなどで活躍。劇団椿組主宰。新宿ゴールデン街商店街振興組合組合長。バー「クラクラ」オーナー。椿組秋公演「戦争童話集」(東京・新宿「雑遊」)を10月28日~11月7日に上演。

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