東京の“ストリップの殿堂”と呼ばれた浅草の「浅草ロック座」を運営していた斎藤観光(東京)が、東京地裁から破産手続開始決定を受けていたことが22日に分かった。破産管財人の弁護士によると、開始決定は15日で、負債総額は約2億3800万円。事情を知る関係者は「別の大衆演劇の劇場の経営や早乙女太一の移籍が影響した」と話している。
浅草ロック座は1947年に開業。レビュー形式のストリップショーが人気を得た。近くのフランス座とともにしのぎを削り、浅草で一時代を築いた。ショーの司会や幕あいのコントはコメディアンの登竜門とされ、多くの駆け出しのお笑い芸人たちが舞台を踏んだ。映画やドラマのロケに使われたこともある。娯楽の多様化などで近年は客入りが減少していた。
現在の運営は別会社に譲渡され、営業を続けているが「今後の運営形態などは未定」としている。斎藤観光は最盛期に売上高約10億円を計上していたが、ロック座の客数減少などで債務超過に陥り、東京地裁に破産を申し立てていた。
浅草のお笑い関係者は「客数減少で経営が苦しくなったといわれていました。それに加え、大勝館の経営の失敗と、大衆演劇で人気だった早乙女太一の独立が経営悪化に拍車をかけたと思いますよ」と語る。
大勝館とは明治時代に開業した映画館で、戦後、洋画封切り劇場としてにぎわった。映画館だけではなく、ボウリング場も併設して繁盛していたが、ボウリングブームが去った1981年に閉館した。その後を引き継いだのがロック座の会長だった。
「廃虚になっていたビルを2001年にロック座の斎藤千恵子会長が借り受けて、改装し『浅草大勝館』として復活させ、大衆演劇の興行をスタートさせたんです」(関係者)
その浅草大勝館で人気を博したのが早乙女太一(23)だった。北野映画「座頭市」(03年)、「TAKESHIS’」(05年)にも出演。女性誌などでは“流し目王子”などともてはやされ「大衆演劇の若手のホープ」として人気を集めた。劇場は早乙女目当ての追っかけの中年女性でにぎわった。
斎藤会長も「将来、この子は大衆演劇を背負って立つ大スターになる」と早乙女に大きな期待をよせ、系列の事務所でマネジメントを引き受けていたが、2010年に事態は変化する。
「早乙女が18歳の時ですよ。『父親の劇団に移籍したい』と言いだして、ロック座を去った。会長のショックは計り知れませんでした。若手のホープがいれば大衆演劇でも経営はやれたんでしょうけど…」(劇場関係者)
さらに浅草大勝館の建物自体の問題もあった。
「建物が古かったので休館して新たな大勝館を造ろうとしたんです。ちょうど、そのころに吉本興業が雷5656会館を借りて『よしもと浅草花月』をスタートさせていた。吉本としては、常設の劇場が欲しいということで大勝館でできないかという話が出て、吉本の代理人とロック座の関係者と話し合いが持たれたんです」(劇場関係者)
検討を重ねたが、結果的に吉本が降りたため、話は立ち消えになったという。
「それで工事はストップした。莫大な金をかけてましたからね。ロック座の経営に響いたと思いますよ」(お笑い関係者)
時代の流れともいえそうだが、ストリップの火は消えてほしくない。












