「乃木坂46の方じゃなくて、ごめんなさい」――。そんな“おわび”をすることもある福岡発のアイドルグループ「LinQ」の1期生だった一ノ瀬みく(39)。同じ読みの乃木坂46・一ノ瀬美空(23)と間違えられることがあるからだ。24歳で安定した収入を捨ててアイドルの世界へ飛び込み、卒業後は福岡市議選にも挑戦。異色の道を歩んできた一ノ瀬が、40歳を目前に語る「自分の道」とは――。

インタビューに応じる一ノ瀬みく
インタビューに応じる一ノ瀬みく

 一ノ瀬は北九州市出身。幼い頃は体が弱かったが、小学3年時にへんとうの手術を受けて丈夫になり、バレーボールに打ち込んだ。高校もバレー推薦で進学したが、1年時の事故で両足首と腰椎を骨折し、マネジャーに回った。卒業後は美容室に就職するもすぐ退職し、パチンコ店で働いた。

 その後、派遣会社からイベントコンパニオンを勧められた。19歳で人前に立ち、パチンコ店であめを配ったり、マイクでしゃべったりするうちに「楽しい」と感じ、「天職かもしれない」と思った。その後は司会も任され、モデル事務所にも所属。23歳でLinQのオーディションを受けた。

マイクでしゃべるのは天職だという
マイクでしゃべるのは天職だという

 合格後、本気で上を目指すグループだと知り、「ここにかけてみよう」と決意。それまでの仕事で安定した収入を得ており、母親からは「そんな24歳で何夢見てんの」と反対されたが、「今ここでやらないと後悔するから、やらせてほしい」と説得した。歌もダンスも未経験。年齢をネットでやゆされても、逆境にふつふつと燃えた。容姿にも自信がなかったが、「しゃべりとか、面白さとかで自分は勝負していくしかない」。武器を「人間的魅力」と考え、ファンと向き合った。

 今では別のアイドルと間違えられることもある。ネットで「一ノ瀬みく」と検索すると、同じ福岡県出身の乃木坂46・一ノ瀬美空が上位に出る。パチンコ店で「乃木坂なんだね」と言われ、「いや、違います。乃木坂の一ノ瀬ちゃんはパチンコ店に出入りしないですよって言って、すいませんって謝ってます」と明かす。間違えられることについては「名前も一緒だからしょうがない」と笑う。LinQ卒業後は深瀬智聖と「CHiSEMiKU」を結成。2021年には一ノ瀬が事務所を退所し、フリーとなった。

深瀬智聖(左)と結成した「CHiSEMiKU」(提供写真)
深瀬智聖(左)と結成した「CHiSEMiKU」(提供写真)

 大きな転機が23年の福岡市議選だった。選挙運動のウグイス嬢を務めたことから政治に関心を持ち、芸能や非正規雇用、フリーランス、働く女性らの声を届けたいと立候補したが落選。「中身がなければ支持してもらえない」と痛感した。再挑戦も考えたが、27年市議選については「もう出ないです」と言い切る。

 選挙は自分を見つめ直す機会にもなった。「今は自分のやりたいことを、やっと自分で選択してできてるような気がしてて」。それまでは「誘われてやってみる」挑戦が多かったが、「本当に自分は何がやりたいのか」を考えた。「今、結構自分の道に納得してるから、そこには戻らなくていいかな」。選挙についても「それがなかったら今こう決められてない」と振り返る。

 現在はパチスロ演者、久留米競輪場のキャスター、歌手として活動。競輪は小倉競輪のマスコットガールから中継の仕事へとつながり、パチスロも仕事を通じて関わりを深めた。職業を聞かれると「何て言ったらいいんだろうってなる」と笑う。今は新たな分野に手を広げるより、パチスロ、競輪、歌という現在の仕事に力を注ぐ考えだ。「まだ発展途上」と自覚し、今の仕事の土台を固めようとしている。

パチスロも一ノ瀬みくの仕事のひとつだ(提供写真)
パチスロも一ノ瀬みくの仕事のひとつだ(提供写真)

 夢は小さなキャンピングカーで日本各地を巡ること。パチスロを打ち、全国の競輪場にも足を運ぶ。「動画にもできたら」と思い描く。誘われた道にも果敢に飛び込んできた一ノ瀬は今、自分で選んだ道を走っている。

LinQ同期の原直子(左)と一ノ瀬みく(提供写真)
LinQ同期の原直子(左)と一ノ瀬みく(提供写真)